王位奪還
3
「今の王宮にどれだけの騎士が護衛についている?」
「王宮内部には――」
「アルフィード君、用意できた?」
アルテミスが扉を開けるなり言葉を向けた。王位奪還の策を練る三人の間に割って入られ、シャルナの声先が途切れた。
「遅いぞ、アルテミス」
「ごめんね、ちょっと邪魔が入っちゃって時間掛かっちゃった」
アルテミスの存在に不意をつかれたシャルナはすぐさま槍を構える。彼女と顔を合わせるのは初めてのようで、敵対者と勘違いしたのだろう。
「待て、シャルナ。彼女は敵じゃない」
掌で槍を受け止め、言葉で制する。
「しかし――いえアルフィード様がおっしゃるのであればそうなのでしょう」
アルフィードとアルテミスの仲は誰よりも深い。アルフィードに黄金の林檎を与えたのも彼女だった。故に恩があり感謝もあるのだろう。故に刃こぼれした使えぬ槍を向けるシャルナを静止させる。
「邪魔だった騎士たちは皆片付けたけど大丈夫だった?」
「彼らは元から不要なので構いません。では続きを」
アルフィード含む四人は王宮内部の構造と、王室への道筋、護衛の数、幾多もの分岐を思考しつつ最短距離で到達する術を模索していた。
「オレが手っ取り早く逆賊として乗り込むか」
王へ牙を剥く者として単騎乗り込み、王国騎士団、六聖騎将を相手取り殲滅する。この作戦ならば勝利は必然だろう。王国でアルフィードに勝てる騎士など一人も居ないのだから。
「そこでエリオットの登場とともに王剣で――」
「その前に王国騎士団が壊滅します」
言葉を遮られたアルフィードは舌打ちをしつつもシャルナの言葉に異義は立てない。彼なりの経験なのだろう。騎士団の壊滅が国を滅びへ導くという意味を含むということを理解しているようだ。
「ならオレが死なない程度の加減で――」
「そもそも一人で突入してどうにかなる状況ではないかと思われます。国民の信頼も得ずに王位を取ったとしてもいずれは……」
次の策も欠陥があるように言われ、新に策を提案する。
「さっき殺した騎士の鎧を着て進入する」
「あなたの身長の騎士は数少なくて目立ちすぎます」
「ならば百年前にあったと聞く地下通路を使い、王宮へ侵入する」
「百年も経っていれば、廃れて閉ざされていますよ」
あらゆる策が否定され、ため息を通り超えて睨めつける。さらに一言耳に入らぬ内心で、
(オレ一人で十分だろ! 何が足りないって言うんだ)
「王宮直属騎士団に入隊するという手もありますが、時期が違うので間に合わないでしょう」
「いっその事、逆賊捕えたという名目で忍び込むか?」
それこそ無謀といえる策だった。捉えられた状態で王宮へ忍び込むまでは誰もが考えられるシナリオ。だがその間に殺される、地下牢へ閉じ込められる、下手すれば王宮外で斬首となる可能性もある。そうなればアルフィードの正体も露見しかねない。
「そもそも、王様は何が目的なの?」
エリオットの素朴な質問にシャルナはピクリと眉を動かす。
「エルヴァスは黄金の林檎を食した者が手に出来る力を欲している。つまり聖法の使い手を得ることを目的としています。今までは……逆らった者を奴隷にして使い物にならなくなれば実験に利用する。しかし扱いが悪かったせいか悉く失敗に終わり、見かねたエルヴァスはアタシの奴隷、エリオット様を使うよう命令が下りました」
語り始めるシャルナに、アルフィードはしばしの休息と思い、エリオットと膝を休める。
「何のために奴隷制度を作ったんだ? 他国の者でも逆らえば捕らえたりするのか?」
「世界を手にするのに必要な聖導兵器を造るため、奴隷制度を作ったそうです。そして他国に情報が漏れないよう自国の者のみを奴隷にしておりました」
「聖導兵器?」
聖導兵器という単語にアルフィードが疑問を持つ。聖法とは生命力を使い具象化する神にも等しい力。その力を兵器として利用した国の存在はいまだ確認されていない。
「聖法の使い手を核にする兵器らしいのですが、詳細は聞かされていないので」
シャルナの口からは詳しい情報は得られなかったが聖導兵器というだけあってかなりのことなのだろう。アルフィードとアルテミスの二人は危険という証拠の脂汗を流していた。
「聖導兵器の核……か、エルヴァスは世界でも取るつもりか」
ごく普通の人間に聖法の術をぶつければ生命力が溢れ、器が耐え切れず自壊を引き起こす。その核となる使い手の無尽蔵に湧き出る生命力を他人が扱う術があるとしたら、人類を滅ぼす脅威国家と成り得る。
「それなら進入するより、アルフィード君を差し出す名目で正面から入ったほうが得策だよね」
アルテミスの独断だが当を得ている。だがその先にある危険度も高いであろう。アルフィードが捕まればどうなるか。しかし王宮内部に入り込むにはそれしか方法が無い。
「危険ですがそれしか方法はありませんね。一応、六聖騎将のアタシが連れて行けば怪しまれることは無いが、その後のことも考えねば次に進めません。王位奪還に必要なのは昔から伝えられている聖法を扱う者は王族の証とされるため、エルヴァスの首を取るには必要不可欠なのです」
過去、アルフィードが今まで行なってきた行為を王族の力として伝えられてきたらしい。つまるところ国民には王族とは聖法を扱える者と認識されているようだ。
「ボクが王族であると国民に知れたら殺される。そうならないためにエリーっていう名と奴隷として扱うことで今まで免れてきたんだ。この髪も整えていないのは王子として君臨する時、改めて整えるためわざと伸ばしてるんだよ」
エリオットは自分のことを語りだす。
「聖法さえ扱えれば、今の国民も真の王族と認めてくれる筈だった。けれどボクには力がない」
力の入手に失敗した悔しさを嘆く。エリオットの気持ちも解らなくはないのだろう、アルフィードは彼の感情を理解している。過去、妹エミリーを救うために選んだ道と少なからず似ているのだから。
「だが成功したとしても聖導兵器の核にされる可能性もあるんだよな。失敗したからこそ、その可能性もなくなったわけだ。でも王宮には六聖騎将が五人居るんだろ? シャルナ一人でどうこうできる相手じゃないだろ」
王国最強と謳われる六聖騎将のうち五人を相手にシャルナ・オルバード一人でエリオットを守り抜き、王の首を取ることは極めて困難、不可能ともいえる。
「六聖騎将は各区域に一人配置されているのはご存知ですね。それでも年中、丸一日、定時報告か緊急以外、王宮に居るわけではありません。そこを狙う予定でした」
その言葉にアルフィードは納得した表情を浮かべ、掌を打ち納得した。
「六聖騎将の居ない間に奇襲か、なるほどそれは良い策だ。六聖騎将の五人が相手だと守りきれる確証も無いからな」
アルフィード、エリオット、シャルナが少なからず納得の行く形でまとまった中、アルテミスは物言いたげな顔を魅せる。その表情は可愛らしさを含む。
「まずはここから出よう。血なまぐさいところに居ると、エリオット君が可哀想だよ」
確かにその通りだと頷いたアルフィードは、その忌まわしい血にまみれた死臭の部屋からエリオットの手を握りしめる。
「では、アタシが出口まで案内します」
一行は周囲を警戒しながらその部屋を後にした。
仄暗い通路から飛び出すと、あたり一面に陽射しが視界を照らす。まぶしくも温かい太陽を背に、王宮へ顔を向ける。
「まずは服から買いに行こう。奴隷服じゃ色々面倒だからな」
「はい、お金」
アルフィードに渡した財布には98万ベルグが入っていた。
「これで下準備を済ませておいて。私は少し用事があるから」
「えっ、一緒に来ないのか?」
いきなり大金を渡されて戸惑うアルフィードは困惑を隠せない表情をみせる。
「私好みで良いなら――」
「いや、オレが選ぶ」
彼の返事は即答だった。アルフィードは何を想像したのだろうか。知ることは出来ないが予想はつくもの。アルテミスの性別は女性、つまりエリオットに女装させる可能性を考慮したのだろう。
「ではアタシも、アルフィード様に壊された槍を新調してきますので、エリオット様をよろしくお願いします」
シャルナの睨め付ける強い眼光はアルフィードに向けられた。その意味を汲み取ったのだろう、彼女の言葉に少なからず罪悪感を抱く。
「あっ、とその……武器は済まないと思ってる」
「いえ、御気になさらないで下さい。アタシの実力不足と実感しておりますので。それで待ち合わせは王宮前の噴水広場15時集合で宜しいでしょうか?」
「あぁ、そうだな。集合場所も近くて助かる」
そう言うとアルフィードはすぐさまエリオットの手を掴み、その場を離れると城下町へ足を運んだ。城下町は入場した貧困の町とは違い、意外と賑やかで盛んな様子が見て取れる。服飾から食材まで兼ね揃えている。これほどの差に少々吃驚したのかアルフィードは唾を飲み込んだ。
「オレの知らないうちにここまで発達したなぁ。まぁ、百年経てばこうもなるか」
「六つに分かれたうちの一つ、ここはシャルナが管理している区なので比較的不便はないと聞いたことが……」
「あいつが管理ね。確かにここは貧困の無い贅沢な暮らしが出来る区だ。土地や建築物もあの区より大きいな。なら、お言葉に甘えさせてもらおうか」
二人は城下町を散策しながら服飾専門の店に立ち寄り物色を始める。
「儀礼用あたりが好ましいが、こんな店じゃ売ってないか。エリオット、色は何が好きか?」
エリオットの好みに合わせて服を選ぶようだが、どうも苦戦中。何しろ自分好みに仕上げるわけではないのだ。
「好きな色、白かな」
その言葉にピンと来たのか、素早く行動に移る。
「白か、白だな」
手に取った服はワンピースから民族衣装、幾多もの女性用の服ばかりだった。その一着一着を試着室へ持ち込み、エリオットに繰り返し着せ替える。困惑する表情を浮かべながら、しぶしぶ物申すエリオット。
「あの、ボク男……」
その一言にハッと我を取り戻すアルフィード。忘れていた様子だがエリオットは男である。エミリーと重ねていたのだろう。遊戯に浸ってエリオットを女装させていた。
「ご、ごめん、男だったな。ハハハ」
笑って誤魔化し、再びエリオットに似合う白の服を選ぶ。その中でも軽装な服に決めると購入し、エリオットに着替えさせる。
「サイズもピッタリだな。コレならいける」
「そ、そうかな……」
エリオットは照れ隠しに笑みを浮かべる。その表情をエミリーと比べ、思い出に浸り始める。笑顔が似合う幼き少女。その微笑みはアルフィードの心の支えであった。そして今はエリオットの微笑みが心の支えとなる。
(笑顔はエミリーに似てるな)
「それじゃあ噴水広場へ行こう」
アルテミスとシャルナの待ち合わせ場所に二人は向かうため、店員に服の値段を聞く。
「お支払いは200ベルグでございます」
「200ベルグ!? さっきの貧困区とは大違いだぞ!」
驚愕が顔に浮き出る。
「伝えていなかったけれど六区画にはランクがあって、ここの区は稼ぐ金額も高額だってシャルナが言ってた。それにアルフィードが入場した区は最下位だと思う。贅沢な暮らしがしたいならベルグを貯めて検査に合格しないと他の区には行けないとか」
エリオットの言葉を聴いて一つの疑問が生じた。検査に落ちた者はどうなるのだろうか。その疑問も数刻前のシャルナの言動が頭を過ぎった。
(奴隷の身分……か、なるほどな)
アルフィードの出した答えは、検査に落ちれば奴隷になり、さらに落ちれば実験体ということなのだろう。その可能性はおそらく高い。
「とりあえず百ベルグ払おう」
財布から百ベルグを店員に渡すとその店を後にした。
外の空気を吸いながら辺りを見回す。アルフィードの視界には幸福な家庭、楽しみながら会話を弾む人々、昼間から酒を飲む者、彼らの行動を見て納得したようだ。
「つまり貧困区にとって一ベルグですら貴重なものなのか」
納得行く形で街中を探索すると背後から跫音を響かせアルフィードに近づく。足音に気付き振り返ると一人の少年が騎士団に追われていた。
「待てや、この貧困奴隷が!」
「この区はテメェのようなクソの足しにもならねぇクズが入っていい場所じゃねぇんだよ!」
罵声を放ちながら追いかける騎士団の二人は見るからに悪意の塊である。
この通路は一本道、逃げ続けるには不向きな場所であり、たとえ人質を取ったとしても騎士団は人質ごと切り捨てる可能性が高い。
「どうせ王の首を取るんだ。準備運動でもしておくか」
アルフィードは少年の下へ駆けるなり、すぐさま少年の手を掴むと、
「エリオット、逃げるぞ!」
そう伝え、その場から抜け出そうと走り出した。
左手に見知らぬ少年、右手にエリオットの手を握り、逃げ出す。一本道を駆け抜け、人ごみに紛れながら騎士団の追っ手に右往左往することなく走りぬき、腐りきった烏合の衆から少年を雨過天晴へと導いた。
「あ、有難うございます。おかげで助かりました」
(この子、可愛い……どこかの貴族かな)
涙ぐみながらも感謝の言葉を伝える紅い髪の少年。見るかぎりエリオットと同年代と思われる相貌。子供であろうと奴隷にしてしまう国の体制に怒りを隠しきれないアルフィードは少年に尋ねる。
「にしても君は何かしでかしたのか?」
なぜ騎士団員に追われていたのか、それは誰もが気にもなる。身長はアルフィードよりも少し高く、国民から見ればアルフィードより年上と扱われるだろう。
「俺は……この国が嫌いだ。国王は誰も救ってはくれない。それどころか奴隷として今まで扱われていた」
涙腺から涙を流す少年の感情は今にも弾けそうなほど憤りを露にしていた。
「どういった扱いをされたのか、教えてくれるか?」
少年はアルフィードを怪しむも救われた事実から信頼とまでは行かないが、信用に足る存在だと核心し、今まで起きたことを伝える。
「貧困区から逃れるために働いていたら、堕天の呪印が俺を蝕み始めたんだ。そしたら騎士団が俺を連れ去って、奴隷の烙印を捺されたんだ。王宮地下で相応の仕事が出来れば救ってやると言われて、言われたとおり働いていた。奴隷にされるのは俺達子供ばかりで、言われたとおりに働けば、皆どこかに消えていった。今の国王はきっと力が無いんだ。だから皆を助けてくれない。俺も助けてくれない」
厭世観に心を支配された子供は、幼いが故に悲観主義から抜け出せない。希望という概念を失っていれば尚の事。
奴隷を必要とする理由は伝承にある童という言葉から、子供に苦痛を与えてきたのだろう。そして奴隷に与えられる仕事は聖導兵器の核にする為のモルモットに過ぎない。堕天の呪印を持つ少年も残された時間を有意義に過ごさせるよりは奴隷として扱い、処分するほうが都合はいいのだ。
(聖導兵器はもう完成している? それとも核から作り出すのか? 核から造るとしたら貧困区は実験区という訳か)
「それで逃げ出してきたのか」
今の国王の正体を知るアルフィードだからこそ、少年の感情を受け入れやすいのだろう。偽りの王の粗暴な正確は赦し難い事だ。
「大丈夫だよ。アルフィードなら助けてくれる」
エリオットはあの部屋での激痛から解放された。アルフィードの持つその力を感じたからこそ言える一言。そしてアルフィードもエリオットの期待に答えるべく、満面の笑みを浮かべ、双眸は少年を見据える。
「堕天の呪印は消してやる」
堕天の呪印は薄い生地の奴隷着にうっすらと見えていた。胸元にある呪印に手を翳し、治癒の聖法を解き放つ。
「フィリア・セリシ・アラギ・メギストス・サブマ……フォス・セラピア(愛を気力と化し最大の奇跡を……光の治療)」
堕天の呪印は狙い過たず消滅した。
「あ、有難うございます。なんとお礼を言ったらいいか。この力、王族……でも得る明日は子を作っていなかったはず」
「気にするな。救える命は救ってこそだ」
礼をしたい少年にそう伝えると、アルフィード達は背を向けその場を立ち去る。
「アルフィード様の隣の方は本当に可愛いな。この方が国王なら安泰したのにな」
一人の少年はそう呟き、物陰に身を潜めた。
その頃、アルテミスは王都の外れで誰かと会話をしていた。しかしその場には彼女しか見当たらない。
「なんだい、愛しの娘(アルテミス)、困ったような声色で僕に話しかけるなんて、珍しいね」
ねっとりとした声がアルテミスに話しかける。
「全知(ゼウス)は手を貸さないの?」
「僕は常に観測し、演算し、分析し、理を導く。その結果が今に至るわけだよ。何をいまさら僕に問う必要がある?」
アルテミスの疑問に全知(ゼウス)は問いで答え、さらに付け加える。
「全知たる僕が手を貸さずとも、少年(アルフィード)が居る限り、この世界は崩れはしないよ。あの子(エリオット)が彼女(エミリー)の子孫であることこそ、少年(アルフィード)の力の根源だからさ。だからこそ大切に、そして見守りながら、用意された道(ルート)を歩ませればいい。なぁに、心配する事は無い。この先のあらゆる壁も、彼らなら抜けられる。後々、智を貸すときは現れるが、それまで傍観者でいるつもりさ。それじゃあ御機嫌よう。愛しの娘(アルテミス)」
一方的に会話を切られ、ため息混じりに暗い表情を醸し出す。
「全てを知るから見守るだけ、か。解っていた答えだけど、今まで手を貸した事は一度もないんだよね。あきれたなぁ……」
そう呟きながら、アルテミスはみんなが向かう噴水広場へと足を向ける。
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「今の王宮にどれだけの騎士が護衛についている?」
「王宮内部には――」
「アルフィード君、用意できた?」
アルテミスが扉を開けるなり言葉を向けた。王位奪還の策を練る三人の間に割って入られ、シャルナの声先が途切れた。
「遅いぞ、アルテミス」
「ごめんね、ちょっと邪魔が入っちゃって時間掛かっちゃった」
アルテミスの存在に不意をつかれたシャルナはすぐさま槍を構える。彼女と顔を合わせるのは初めてのようで、敵対者と勘違いしたのだろう。
「待て、シャルナ。彼女は敵じゃない」
掌で槍を受け止め、言葉で制する。
「しかし――いえアルフィード様がおっしゃるのであればそうなのでしょう」
アルフィードとアルテミスの仲は誰よりも深い。アルフィードに黄金の林檎を与えたのも彼女だった。故に恩があり感謝もあるのだろう。故に刃こぼれした使えぬ槍を向けるシャルナを静止させる。
「邪魔だった騎士たちは皆片付けたけど大丈夫だった?」
「彼らは元から不要なので構いません。では続きを」
アルフィード含む四人は王宮内部の構造と、王室への道筋、護衛の数、幾多もの分岐を思考しつつ最短距離で到達する術を模索していた。
「オレが手っ取り早く逆賊として乗り込むか」
王へ牙を剥く者として単騎乗り込み、王国騎士団、六聖騎将を相手取り殲滅する。この作戦ならば勝利は必然だろう。王国でアルフィードに勝てる騎士など一人も居ないのだから。
「そこでエリオットの登場とともに王剣で――」
「その前に王国騎士団が壊滅します」
言葉を遮られたアルフィードは舌打ちをしつつもシャルナの言葉に異義は立てない。彼なりの経験なのだろう。騎士団の壊滅が国を滅びへ導くという意味を含むということを理解しているようだ。
「ならオレが死なない程度の加減で――」
「そもそも一人で突入してどうにかなる状況ではないかと思われます。国民の信頼も得ずに王位を取ったとしてもいずれは……」
次の策も欠陥があるように言われ、新に策を提案する。
「さっき殺した騎士の鎧を着て進入する」
「あなたの身長の騎士は数少なくて目立ちすぎます」
「ならば百年前にあったと聞く地下通路を使い、王宮へ侵入する」
「百年も経っていれば、廃れて閉ざされていますよ」
あらゆる策が否定され、ため息を通り超えて睨めつける。さらに一言耳に入らぬ内心で、
(オレ一人で十分だろ! 何が足りないって言うんだ)
「王宮直属騎士団に入隊するという手もありますが、時期が違うので間に合わないでしょう」
「いっその事、逆賊捕えたという名目で忍び込むか?」
それこそ無謀といえる策だった。捉えられた状態で王宮へ忍び込むまでは誰もが考えられるシナリオ。だがその間に殺される、地下牢へ閉じ込められる、下手すれば王宮外で斬首となる可能性もある。そうなればアルフィードの正体も露見しかねない。
「そもそも、王様は何が目的なの?」
エリオットの素朴な質問にシャルナはピクリと眉を動かす。
「エルヴァスは黄金の林檎を食した者が手に出来る力を欲している。つまり聖法の使い手を得ることを目的としています。今までは……逆らった者を奴隷にして使い物にならなくなれば実験に利用する。しかし扱いが悪かったせいか悉く失敗に終わり、見かねたエルヴァスはアタシの奴隷、エリオット様を使うよう命令が下りました」
語り始めるシャルナに、アルフィードはしばしの休息と思い、エリオットと膝を休める。
「何のために奴隷制度を作ったんだ? 他国の者でも逆らえば捕らえたりするのか?」
「世界を手にするのに必要な聖導兵器を造るため、奴隷制度を作ったそうです。そして他国に情報が漏れないよう自国の者のみを奴隷にしておりました」
「聖導兵器?」
聖導兵器という単語にアルフィードが疑問を持つ。聖法とは生命力を使い具象化する神にも等しい力。その力を兵器として利用した国の存在はいまだ確認されていない。
「聖法の使い手を核にする兵器らしいのですが、詳細は聞かされていないので」
シャルナの口からは詳しい情報は得られなかったが聖導兵器というだけあってかなりのことなのだろう。アルフィードとアルテミスの二人は危険という証拠の脂汗を流していた。
「聖導兵器の核……か、エルヴァスは世界でも取るつもりか」
ごく普通の人間に聖法の術をぶつければ生命力が溢れ、器が耐え切れず自壊を引き起こす。その核となる使い手の無尽蔵に湧き出る生命力を他人が扱う術があるとしたら、人類を滅ぼす脅威国家と成り得る。
「それなら進入するより、アルフィード君を差し出す名目で正面から入ったほうが得策だよね」
アルテミスの独断だが当を得ている。だがその先にある危険度も高いであろう。アルフィードが捕まればどうなるか。しかし王宮内部に入り込むにはそれしか方法が無い。
「危険ですがそれしか方法はありませんね。一応、六聖騎将のアタシが連れて行けば怪しまれることは無いが、その後のことも考えねば次に進めません。王位奪還に必要なのは昔から伝えられている聖法を扱う者は王族の証とされるため、エルヴァスの首を取るには必要不可欠なのです」
過去、アルフィードが今まで行なってきた行為を王族の力として伝えられてきたらしい。つまるところ国民には王族とは聖法を扱える者と認識されているようだ。
「ボクが王族であると国民に知れたら殺される。そうならないためにエリーっていう名と奴隷として扱うことで今まで免れてきたんだ。この髪も整えていないのは王子として君臨する時、改めて整えるためわざと伸ばしてるんだよ」
エリオットは自分のことを語りだす。
「聖法さえ扱えれば、今の国民も真の王族と認めてくれる筈だった。けれどボクには力がない」
力の入手に失敗した悔しさを嘆く。エリオットの気持ちも解らなくはないのだろう、アルフィードは彼の感情を理解している。過去、妹エミリーを救うために選んだ道と少なからず似ているのだから。
「だが成功したとしても聖導兵器の核にされる可能性もあるんだよな。失敗したからこそ、その可能性もなくなったわけだ。でも王宮には六聖騎将が五人居るんだろ? シャルナ一人でどうこうできる相手じゃないだろ」
王国最強と謳われる六聖騎将のうち五人を相手にシャルナ・オルバード一人でエリオットを守り抜き、王の首を取ることは極めて困難、不可能ともいえる。
「六聖騎将は各区域に一人配置されているのはご存知ですね。それでも年中、丸一日、定時報告か緊急以外、王宮に居るわけではありません。そこを狙う予定でした」
その言葉にアルフィードは納得した表情を浮かべ、掌を打ち納得した。
「六聖騎将の居ない間に奇襲か、なるほどそれは良い策だ。六聖騎将の五人が相手だと守りきれる確証も無いからな」
アルフィード、エリオット、シャルナが少なからず納得の行く形でまとまった中、アルテミスは物言いたげな顔を魅せる。その表情は可愛らしさを含む。
「まずはここから出よう。血なまぐさいところに居ると、エリオット君が可哀想だよ」
確かにその通りだと頷いたアルフィードは、その忌まわしい血にまみれた死臭の部屋からエリオットの手を握りしめる。
「では、アタシが出口まで案内します」
一行は周囲を警戒しながらその部屋を後にした。
仄暗い通路から飛び出すと、あたり一面に陽射しが視界を照らす。まぶしくも温かい太陽を背に、王宮へ顔を向ける。
「まずは服から買いに行こう。奴隷服じゃ色々面倒だからな」
「はい、お金」
アルフィードに渡した財布には98万ベルグが入っていた。
「これで下準備を済ませておいて。私は少し用事があるから」
「えっ、一緒に来ないのか?」
いきなり大金を渡されて戸惑うアルフィードは困惑を隠せない表情をみせる。
「私好みで良いなら――」
「いや、オレが選ぶ」
彼の返事は即答だった。アルフィードは何を想像したのだろうか。知ることは出来ないが予想はつくもの。アルテミスの性別は女性、つまりエリオットに女装させる可能性を考慮したのだろう。
「ではアタシも、アルフィード様に壊された槍を新調してきますので、エリオット様をよろしくお願いします」
シャルナの睨め付ける強い眼光はアルフィードに向けられた。その意味を汲み取ったのだろう、彼女の言葉に少なからず罪悪感を抱く。
「あっ、とその……武器は済まないと思ってる」
「いえ、御気になさらないで下さい。アタシの実力不足と実感しておりますので。それで待ち合わせは王宮前の噴水広場15時集合で宜しいでしょうか?」
「あぁ、そうだな。集合場所も近くて助かる」
そう言うとアルフィードはすぐさまエリオットの手を掴み、その場を離れると城下町へ足を運んだ。城下町は入場した貧困の町とは違い、意外と賑やかで盛んな様子が見て取れる。服飾から食材まで兼ね揃えている。これほどの差に少々吃驚したのかアルフィードは唾を飲み込んだ。
「オレの知らないうちにここまで発達したなぁ。まぁ、百年経てばこうもなるか」
「六つに分かれたうちの一つ、ここはシャルナが管理している区なので比較的不便はないと聞いたことが……」
「あいつが管理ね。確かにここは貧困の無い贅沢な暮らしが出来る区だ。土地や建築物もあの区より大きいな。なら、お言葉に甘えさせてもらおうか」
二人は城下町を散策しながら服飾専門の店に立ち寄り物色を始める。
「儀礼用あたりが好ましいが、こんな店じゃ売ってないか。エリオット、色は何が好きか?」
エリオットの好みに合わせて服を選ぶようだが、どうも苦戦中。何しろ自分好みに仕上げるわけではないのだ。
「好きな色、白かな」
その言葉にピンと来たのか、素早く行動に移る。
「白か、白だな」
手に取った服はワンピースから民族衣装、幾多もの女性用の服ばかりだった。その一着一着を試着室へ持ち込み、エリオットに繰り返し着せ替える。困惑する表情を浮かべながら、しぶしぶ物申すエリオット。
「あの、ボク男……」
その一言にハッと我を取り戻すアルフィード。忘れていた様子だがエリオットは男である。エミリーと重ねていたのだろう。遊戯に浸ってエリオットを女装させていた。
「ご、ごめん、男だったな。ハハハ」
笑って誤魔化し、再びエリオットに似合う白の服を選ぶ。その中でも軽装な服に決めると購入し、エリオットに着替えさせる。
「サイズもピッタリだな。コレならいける」
「そ、そうかな……」
エリオットは照れ隠しに笑みを浮かべる。その表情をエミリーと比べ、思い出に浸り始める。笑顔が似合う幼き少女。その微笑みはアルフィードの心の支えであった。そして今はエリオットの微笑みが心の支えとなる。
(笑顔はエミリーに似てるな)
「それじゃあ噴水広場へ行こう」
アルテミスとシャルナの待ち合わせ場所に二人は向かうため、店員に服の値段を聞く。
「お支払いは200ベルグでございます」
「200ベルグ!? さっきの貧困区とは大違いだぞ!」
驚愕が顔に浮き出る。
「伝えていなかったけれど六区画にはランクがあって、ここの区は稼ぐ金額も高額だってシャルナが言ってた。それにアルフィードが入場した区は最下位だと思う。贅沢な暮らしがしたいならベルグを貯めて検査に合格しないと他の区には行けないとか」
エリオットの言葉を聴いて一つの疑問が生じた。検査に落ちた者はどうなるのだろうか。その疑問も数刻前のシャルナの言動が頭を過ぎった。
(奴隷の身分……か、なるほどな)
アルフィードの出した答えは、検査に落ちれば奴隷になり、さらに落ちれば実験体ということなのだろう。その可能性はおそらく高い。
「とりあえず百ベルグ払おう」
財布から百ベルグを店員に渡すとその店を後にした。
外の空気を吸いながら辺りを見回す。アルフィードの視界には幸福な家庭、楽しみながら会話を弾む人々、昼間から酒を飲む者、彼らの行動を見て納得したようだ。
「つまり貧困区にとって一ベルグですら貴重なものなのか」
納得行く形で街中を探索すると背後から跫音を響かせアルフィードに近づく。足音に気付き振り返ると一人の少年が騎士団に追われていた。
「待てや、この貧困奴隷が!」
「この区はテメェのようなクソの足しにもならねぇクズが入っていい場所じゃねぇんだよ!」
罵声を放ちながら追いかける騎士団の二人は見るからに悪意の塊である。
この通路は一本道、逃げ続けるには不向きな場所であり、たとえ人質を取ったとしても騎士団は人質ごと切り捨てる可能性が高い。
「どうせ王の首を取るんだ。準備運動でもしておくか」
アルフィードは少年の下へ駆けるなり、すぐさま少年の手を掴むと、
「エリオット、逃げるぞ!」
そう伝え、その場から抜け出そうと走り出した。
左手に見知らぬ少年、右手にエリオットの手を握り、逃げ出す。一本道を駆け抜け、人ごみに紛れながら騎士団の追っ手に右往左往することなく走りぬき、腐りきった烏合の衆から少年を雨過天晴へと導いた。
「あ、有難うございます。おかげで助かりました」
(この子、可愛い……どこかの貴族かな)
涙ぐみながらも感謝の言葉を伝える紅い髪の少年。見るかぎりエリオットと同年代と思われる相貌。子供であろうと奴隷にしてしまう国の体制に怒りを隠しきれないアルフィードは少年に尋ねる。
「にしても君は何かしでかしたのか?」
なぜ騎士団員に追われていたのか、それは誰もが気にもなる。身長はアルフィードよりも少し高く、国民から見ればアルフィードより年上と扱われるだろう。
「俺は……この国が嫌いだ。国王は誰も救ってはくれない。それどころか奴隷として今まで扱われていた」
涙腺から涙を流す少年の感情は今にも弾けそうなほど憤りを露にしていた。
「どういった扱いをされたのか、教えてくれるか?」
少年はアルフィードを怪しむも救われた事実から信頼とまでは行かないが、信用に足る存在だと核心し、今まで起きたことを伝える。
「貧困区から逃れるために働いていたら、堕天の呪印が俺を蝕み始めたんだ。そしたら騎士団が俺を連れ去って、奴隷の烙印を捺されたんだ。王宮地下で相応の仕事が出来れば救ってやると言われて、言われたとおり働いていた。奴隷にされるのは俺達子供ばかりで、言われたとおりに働けば、皆どこかに消えていった。今の国王はきっと力が無いんだ。だから皆を助けてくれない。俺も助けてくれない」
厭世観に心を支配された子供は、幼いが故に悲観主義から抜け出せない。希望という概念を失っていれば尚の事。
奴隷を必要とする理由は伝承にある童という言葉から、子供に苦痛を与えてきたのだろう。そして奴隷に与えられる仕事は聖導兵器の核にする為のモルモットに過ぎない。堕天の呪印を持つ少年も残された時間を有意義に過ごさせるよりは奴隷として扱い、処分するほうが都合はいいのだ。
(聖導兵器はもう完成している? それとも核から作り出すのか? 核から造るとしたら貧困区は実験区という訳か)
「それで逃げ出してきたのか」
今の国王の正体を知るアルフィードだからこそ、少年の感情を受け入れやすいのだろう。偽りの王の粗暴な正確は赦し難い事だ。
「大丈夫だよ。アルフィードなら助けてくれる」
エリオットはあの部屋での激痛から解放された。アルフィードの持つその力を感じたからこそ言える一言。そしてアルフィードもエリオットの期待に答えるべく、満面の笑みを浮かべ、双眸は少年を見据える。
「堕天の呪印は消してやる」
堕天の呪印は薄い生地の奴隷着にうっすらと見えていた。胸元にある呪印に手を翳し、治癒の聖法を解き放つ。
「フィリア・セリシ・アラギ・メギストス・サブマ……フォス・セラピア(愛を気力と化し最大の奇跡を……光の治療)」
堕天の呪印は狙い過たず消滅した。
「あ、有難うございます。なんとお礼を言ったらいいか。この力、王族……でも得る明日は子を作っていなかったはず」
「気にするな。救える命は救ってこそだ」
礼をしたい少年にそう伝えると、アルフィード達は背を向けその場を立ち去る。
「アルフィード様の隣の方は本当に可愛いな。この方が国王なら安泰したのにな」
一人の少年はそう呟き、物陰に身を潜めた。
その頃、アルテミスは王都の外れで誰かと会話をしていた。しかしその場には彼女しか見当たらない。
「なんだい、愛しの娘(アルテミス)、困ったような声色で僕に話しかけるなんて、珍しいね」
ねっとりとした声がアルテミスに話しかける。
「全知(ゼウス)は手を貸さないの?」
「僕は常に観測し、演算し、分析し、理を導く。その結果が今に至るわけだよ。何をいまさら僕に問う必要がある?」
アルテミスの疑問に全知(ゼウス)は問いで答え、さらに付け加える。
「全知たる僕が手を貸さずとも、少年(アルフィード)が居る限り、この世界は崩れはしないよ。あの子(エリオット)が彼女(エミリー)の子孫であることこそ、少年(アルフィード)の力の根源だからさ。だからこそ大切に、そして見守りながら、用意された道(ルート)を歩ませればいい。なぁに、心配する事は無い。この先のあらゆる壁も、彼らなら抜けられる。後々、智を貸すときは現れるが、それまで傍観者でいるつもりさ。それじゃあ御機嫌よう。愛しの娘(アルテミス)」
一方的に会話を切られ、ため息混じりに暗い表情を醸し出す。
「全てを知るから見守るだけ、か。解っていた答えだけど、今まで手を貸した事は一度もないんだよね。あきれたなぁ……」
そう呟きながら、アルテミスはみんなが向かう噴水広場へと足を向ける。