王位奪還
2
王都クリムレスタは城を中核とし、城下町を六区画に分けた大都市。一つの区につき一人の聖騎将が守護を任されており、六人の聖騎将が存在する。故に六聖騎将と呼ばれる。シャルナ・オルバードはその中の一人である。
「久々に王都へ帰ってきたな。百年ぶりか」
百年の時を経ても、何も変わらぬ光景に懐かしさと切なさを感慨深くとらえるアルフィード。歩を進めるにつれて人の声が耳に入る。声のする方へ耳を欹てると、
「王都に御用のある方は通行証を。通行証が無い方は一万ベルグを王都に寄付して頂きたい。出来ない方は裏口の審査にて合格を受けた者のみ入都できます」
外聞悪い門番であった。その昔は粛然としていたため国の有様が変貌したのがよくわかる。
一万ベルグ稼ぐのにも相当な商売上手か詐欺師でなければ安々と出せる金額ではない。ここに訪れる人々の中で通過できるのは大半そういった連中なのだろう。
十万ベルグあれば王都クリムレスタで土地が買える金額だ。王都クリムレスタに住む住人は一月で数千ベルグは稼げるが、王都外であれば節約しなければ王都へ入る事もできない。王都内部では一部を除いてそれほど貧しくはない。
「百年前はこんな税金取りはしなかったのに、偽りの王が変えたのか。全くくだらないな」
「ところでアルフィード君は今も通れるの?」
ため息交じりで愚痴を漏らすアルフィードに疑問を提示するアルテミス。元王族の身である彼が通過できぬ訳がないと踏んだのだろう。
「王族の証はあるけれど、国王が偽者だから無理だろうな。あと通行証も百年前はなかったし、一万ベルグ払うか……もしくはそのまま――」
「入国する人達、皆通行証持ってないみたいだよ。裏口審査もあるけど、私達はそのまま行こう」
裏口に回されるのは大抵身だしなみが貧相な国民ばかりだった。王都に住めれば裕福な暮らしが約束されるという噂もあるのかもしれない。
「……アルテミスはどうやって王都に忍び込んだんだ?」
事の発端はアルテミスの「エリー」という言葉からだった。現状、一万ベルグを持ち合わせていなく、通行証も持たないアルテミスはどのような手段を用いて情報を得たのか。
不思議そうにアルテミスの表情を伺うアルフィード。
「この百年間何もしていないと思っているなら心外だなぁ。アルフィード君が呆けている間も百万ベルグ稼いでたんだよ」
「そ、そうか、ありがとう……」
笑顔ではあるが、その表情から身の毛もよだつオーラを感じ取った。おそらくはとてつもない戦略で人を騙したのであろう。アルフィードは後ずさりしながらも感謝の言葉を述べ、門前で列に加わった。
「とりあえず、通行料払って通過するか」
二人は門番に二人分の二万ベルグを払い、王都内部の侵入に成功した。
「こうもあっさりと通れるなんて、アルテミス様様だったな」
「もっと感謝してもいいんだよ?」
「感謝するのは全て取り戻した後だ」
アルテミスへ一言告げると歩き出す。
王都内を探索するが、露天商が並ぶ城下町は賑わいを無くすほど閑散としていた。六区に分かれる城下町のうちの六番街は売り物も型崩れな品物ばかりが並んでいる。値段は三ベルグだが、この地区にとってはそれでも高いのだろう。誰も目をつけることは無かった。それに比べて食品を扱う露天商は収益を上げている。
「ここの区は貧困の住民しかいないのか」
薄汚れた城下町を踏み進めると、アルフィードの視線が一人の男に傾く。その男は城下町の露店で働いていた。
(この男、見覚えがあるな)
「確か……」
記憶の奥底から探し出す。見覚えのある男の正体は、
「貴族だったはず。位は最高位の公爵だったかな。名は――ラック・キャビアス」
「そ、それは曽祖父の名……私はラック・キャビアスの子孫、レイバルト・キャビアスといいます。なぜ曽祖父の名を君が」
「公爵なら、何か知ってるかもしれないよ? 聞いてみよう」
「そうだな、王都も変わってしまったみたいだし。それにキャビアス卿がこんな城下町に居る事も気になる」
爵位ある者ならば、城下町での労働は無いのがこの国の常識。しかしながら何故此処にと思い、アルフィードは「曽祖父になにがあった?」と問いてみた。
「国王に逆らったばかりに、我がキャビアス家は爵位を剥奪され、曽祖父も連れ去られてしまったと聞きます。そして我が子レオスもドリュアスの堕天の呪印を受け、先週から騎士団に捕まってしまいました。それからのことは何も知らされておりません。知ることすら許されないのです。ところでキャビアスの名を知るあなたは?」
彼の問いに見合う回答が見つからず名乗ることを諦めたアルフィードはアルテミスに視線を向けると彼女は直ぐにサポートを行なう。
「昔のことですが祖父がお世話になったので、そのお礼をしようと参りました」
キャビアスは納得した様子を見せて安堵の息を吐くと、
「国王に逆らわないほうが身の為ですよ。言葉一つで殺されかねないので」
と助言めいた言葉をアルフィード達に伝えた。
「有難う、肝に銘じておきます」
(助かったよアルテミス)
(あまり世話焼かせないでね)
「ところで、ここに六聖騎将シャルナは通ったか?」
「シャルナ・オルバード様を呼び捨て!? いえ、確かに通りましたが、これ以上の冒涜は周りが」
周囲がアルフィード達に視線を鋭く光らせるも二人は動じず会話に集中する。
「かまわん。どっちに向かった?」
二人の強い眼光が元貴族の子孫に拍車を掛け、シャルナ・オルバードの居場所を聞き出す。
(待ってろよ、全ての真相を突き止めて、助けてやるからな)
シャルナ・オルバードは部下を従えて城下町にある地下通路へ進路を取ったという情報をレイバルト・キャビアスから入手。その通路を辿り、暗闇の地下通路を突き進む。
「この先、何があるんだろうね」
アルテミスの素朴でシンプルな疑問にアルフィードは答える。
「この道は王宮地下に繋がる一本道、その先にあるのが嘗て拷問部屋と呼ばれた場所。そこにエリーが居るはずだ」
通路は仄暗いものの、周囲には間隔をあけて付けられた燭台が蝋燭を灯らせる。この光が幸いにも視界を遮るには到らなかった。
「蝋燭があるということは正解か。蝋燭はほとんど溶けてはいないし、この通路で間違いない」
確信を得たアルフィードは奥へ奥へと歩みを進める。薄暗く不気味な通路、鉄分を含んだ腐臭が漂う中、揺らぐ灯火が三人の騎士の姿を映し出す。
「こいつは見覚えがある。シャルナと行動を共にしていた奴らだ」
アルフィードは王剣を取り出し、騎士に刃を向ける。
「何者だ貴様! ここが何処だか知って――」
偽りの王に使える騎士の言葉は聴くだけ無意味と判断しているアルフィードは一人の首を切り落とした。アルフィードの姿は騎士達には王国に対する厭悪の集合体と認識されたのだろう。残された騎士は剣を抜き、アルフィードと対峙する。
「残り二人!」
騎士達の剣はアルフィードの王剣とぶつかり、激しい金属音が鳴り響く。
二人の騎士を相手にしているアルフィードをアルテミスはただ見守っていた。彼女は武器を構えていない。それは彼の実力と騎士達の実力に差がある事を示していた。故に自分の出番はないと悟っている。
激しい鍔迫り合いに到る事も無く先に倒れたのは騎士二人。
「な、こ……の賊党が!」
二人の騎士は片腕、片足を切り落とされ、絶叫するもアルフィードは容赦しない。騎士一人の髪を掴み上げ、問いただす。
「ここに、エリーという者がいるんだろ?」
その問いに答える気はないようだ。無言を貫く者にアルフィードは一瞬、感心を覚えた。クラウディア王家の血筋でないにしろ王と名乗る者にここまで忠誠を尽くすのだから、そこに感服したのだろう。しかし、アルフィードはすぐさま剣を首元に沿え、切り落とした。
「な、なんて惨いことを……」
「こうなりたくなければ、質問に答えろ」
怒りに燃える彼を止めることはできず、畏れに負けた騎士は指を刺す。
「この奥に……居ます」
(シャルナ様に勝てるはずが無い。死んでしまえ、賊め)
それを聞くや否やすぐさま刃を首筋に突きつけ喉笛を切ると、アルフィードはその先にある扉を開け、拷問部屋に足を踏み入れる。周囲には血にまみれた三角木馬、血なまぐさいアイアンメイデン、血が垂れ流されている審問椅子が今も使われている事を示している。そしてその部屋には六聖騎将シャルナが槍を持ち、彼の行動を予見していたように待ち構えていた。
「貴様だな、侵入した賊は。生きて帰れると思っているならば、それは夢に終わるぞ!」
「オレも同じこと考えてたぞ。だがオレはエリーを助け、真実を知るまでは諦めない」
もとよりアルフィードは不死の身体ゆえに死の恐怖が無い。シャルナにいたっては普通の人間。そして二人の戦いの幕が切って落とされる。
アルフィードの振り下ろした剣がシャルナの槍と衝突する。激しく高鳴る金属音と共にアルフィードの剣は受け流されるも剣を振り上げ、シャルナに一歩引かせる。
対人戦闘に特化された鋭利な矛先がアルフィードの喉笛に噛み付くも既の事で刺さるところだった。
「賊の癖に強い……(あの剣はまさか、いやそんな筈がない)」
「うっせぇよ、てめぇの方が賊だろうが。今ここでその命、終わらせてやるよ」
王剣を掲げ、切っ先をシャルナに向けると再び合間見える。一合二合三合と刃を交え交戦する。しかし見紛うことなくアルフィードの方が優勢である。千年も戦い続けた戦巧者のアルフィードに人間が敵うはずもない。
王剣アルカロンはシャルナの槍の先端を何度も弾き刃こぼれさせるが、それだけでは留まらず奥の手まで発動する。
「オルバードだろうと関係ねぇ! 全力でぶっ潰す!」
「エザフォス・ヴラスタリ・クリスタロ・フォス・レシタル・フォナゾ・スィモス・ケオ・エウリュ……テリオス――(大地に芽吹く結晶よ光となりて演奏せよ、叫べ、怒れ、燃え広がれ……完全なる――)」
王剣がアルフィードの生命力を吸収し、光に変換する。その様を見たシャルナは、
「聖法……あなたは――」
彼の正体に気付くも、聖法の解放を止めるにはあまりにも遅すぎた。最後の言葉を放つ刹那の刻、アルフィードは異変を感じ取り、聖法を止める。
「エリー!? まさか食べたんじゃ――」
アルフィードはその部屋の奥からエリーと黄金の林檎の気配を感じ取るとシャルナをそっちのけで突き進み、戸を開ける。
「やはり! それを食べるな!!」
エリーは黄金の林檎を食べ終えた後だった。それが何を意味するのか、アルフィードは熟知している。その後何が起きるのかも。
「んぎゃああああああああああ!!」
悲鳴を上げるエリー。それもそのはず、エリーの身体は黄金の林檎との融合に耐え切れず右腕が膨れ上がり、顔つきも変化していく。皮膚も裂かれ、この痛みに身体は悶絶躄地を奏でる。そして身体は膨張し、人ならざる者へと変わろうとしていた。
「エリオット様!?」
(エリオット? まさかそれが本名……だがそれは後回し!)
「エリー、待ってろ! 今、助けてやる!」
王剣アルカロンを取り出し、エリーに刃を向けると片手を空にかざす。
「アグノス・ミナス・デア・ビオス・ステレオ・トクソ・アラギ・アペレフセロスィ(純粋たる月の女神よ、命を固め弓と成し解き放て)」
その言葉と同時に空に翳した手から高貴な光を放ち、弓の形と化した。その弓に王剣アルカロンを添えてつがえる。
王剣アルカロンを矢としてエリー――改めエリオット――の胸に切っ先を向けた。その胸にはアルフィードの胸にも存在する琥珀色の種が浮き出ており、これが不死の根源。永久の生命力を与えるものである。そして種を破壊できるものがヘパイストスの造る武器のみとされる。
「アルカロン・ヴェロス!(王剣の矢)」
弓を引くと王剣は矢の如く種に中り、エリオットの胸部に突き刺さると種は砕かれ、力を失った。しかし身体の暴走はいまだ止まらず、肉体の変化は治まらない。
「フィリア・セリシ・アラギ・メギストス・サブマ……フォス・セラピア(愛を気力と化し最大の奇跡を……光の治療)」
エリオットの胸に手を当て、生命力を注ぎ込む。アルフィードの神の呼び声に呼応し、言葉を具象化させる。その力はエリオットを包み込み膨れ上がった部位を修復していく。変貌した皮膚を元通りに復元する。この力はまさしく神に等しいといっても過言ではない。国民の誰もが、国王でさえ欲する力。その聖法をエリオットに使う。
「ボ、ボクは……確か化物に……」
先ほどの事を思い出したのか身震いを始める。肉体の膨張、皮膚の豹変、人ならざる者への変化、十死一生を得たエリオットだが恐怖を拭いきれずにいた。
「もう大丈夫だ、オレがいるぞ。オレがいるからエリー……エリオットは安心しろ」
両腕で抱擁し、ひたすら慰める。その姿は昔のアルフィードとエミリーによく似ていた。故にアルフィードは強く抱きしめる。ただ一人の子孫であることを神に願いながら。
エリオットの破けた服に目を向けると、背中に奴隷の証である烙印が押されていた。奴隷の烙印は神に背きし者に押される神の与えし宿怨の傷。たとえドリュアスに狙われたとしても救われる事の無い。と言われている。そして何より、王族貴族の道具として働かされる宿命を持つ。
(子供にこんなものまで捺しやがって……)
「あの、ボクはどうなったの?」
「怪物に成りかけてはいたけど、オレが救ってやったぞ」
エリオットは数秒前の出来事を記憶から呼び起こす。アルフィードの放つ聖法の力を直に浴び、人の枠から外れた存在に成り下がるエリオットを救った勇姿を。
「た、助けてくれて……その、ありがとう」
多少震恐が残りつつも感謝を怠らないエリオットの頭をなでる。
「無事でよかった。けれどもう黄金の林檎は食うなよ。痛い目に遭うどころじゃないからな」
そう伝えると抱きしめた腕をそっと広げ、エリオットとシャルナの間に就くと六聖騎将の身分でありながら愚かな振る舞いをしたシャルナに目を向け、
「一つ聞く。シャルナ・オルバード、お前はエリー……エリオットのことを何処まで知っている?」
問いただす。
「あなたに感謝します。此度はエリオット様の命を救って頂き、真に――いえ失礼しました。エリオット様の事ですか、その前にあなたの事を知りません。せめてお名前をお教えください」
アルフィードの情報は何一つ伝わってはいない。百年の間、この王都クリムレスタに出向いたことは無いのだから。
「オレは……」
一呼吸を済ませ、彼女の問いに偽りなく真名を伝える。
「アルフィード。ところでエリオットが王族という噂を耳にしたんだが――」
シャルナの視線は彼の質問よりも王剣に向けられる。アルフィードの言葉は耳に入らないのだろう、一つため息を吐くと話を変えることにした。
「見ての通り、これは王剣アルカロンだ。オレは三代前の国王ジノヴィオス陛下の実弟、ジルヴァニス殿下の子孫、アルフィード・クラウディアだ」
自身の正体を隠すため即興で作り上げた虚偽の身分。クラウディア王家尊属の子を演じるが元々が王族故に演技も容易なのが伺える。王族である証は王剣が示す。
王族である証とは、戴冠式にて新たな王に王剣アルカロンを授与する際、光り輝く様を国民に見せる一種の儀式。百年前まではアルフィードが戴冠式に出席し、王剣を与える役割を担っていた。過去の輝きも全てはアルフィードが側に居たからこそ可能だった。
「三代前ジノヴィオス陛下に賢弟ジルヴァニス殿下!? 聞いたことが無い! しかし王剣があなたの手にある事と聖法が使える事、紛れもない王族……大変失礼しました」
半分は作り話である。しかしシャルナを納得させるには十分すぎる素材になったことだろう。
「それでは質問に入る。エリオットのことで知っていること全てを話せ」
命令口調且つ鋭い視線で睨め付ける。この行動は良き判断といえる。
「そ、それは……エリー様、いえエリオット様は王家の正統なる継承者です。百年前ですが、その時の六聖騎将の一人はアタシの曽祖父、フィリオ・オルバードから託されクラウディア王家を守り続けていました」
百年前の六聖騎将の子孫、王族であるエミリーの子孫エリオット、この二つが重なり合い、アルフィードはエミリーとエリオットの顔を折りしも比べていた。
「アルフィード様の様子ですと、ご存知ではないようなのでお伝え申し上げます。内乱の最中、王妃様から赤子を預かり育ててきたと聞いております。その子孫がエリオット様名のです。今の国民は王族に憎しみを抱く存在。ですからエリーという名と奴隷の服は国民から目をそらすため仕方なかったのです」
その言葉に救われたのかアルフィードはホッと息を呑む。
「ログワルドは元々政務官と聞きます。そんな奴が王位欲しさの支配欲に負け、乱心を引き起こした結果が今に当たります。王位簒奪による継承だと国民に知れたら根本から瓦解する恐れがある。そうなれば国民の反発は強まる恐れがあります」
クラウディア王国の象徴であり厳守すべき尊厳のある王家の血縁を、百年前のログワルド一族はその王位欲しさに溺れた愚者なのだ。それについてはアルフィードも理解している様子を示している。
「だからこそ長年調べ続けたのです。久遠の泉への通路と、王剣の秘密、そして伝承の真偽を。全ては王の目が行き届かぬよう密かに。王位継承を執り行うことで力は継承されると聞いております。しかし王位継承が出来ぬ今、伝承を辿り王族のみが食せる黄金の林檎をエリオット様に食べてもらうしか方法がなかったのです。が、アルフィード様が継承なさっていたのですね」
こくりと頷きながらも首をかしげる。
「それにしては些か信用できないな。お前の部下、あいつらの態度はエリオットを奴隷扱いしていたぞ」
今日起きた出来事は幻でも幻覚でもない。騎士達の明白な牙が剥き出しだった。
奴隷とは国王に逆らう者だけを選別し、意味なき労働をさせる。しかし決して叛逆した者の一家全員を奴隷として扱わず、程よく呈している。
「それについては仕方なかったのです。あいつらは現王の素性を知らない。と言うより教えたところで今の騎士達は成り上がりが多数を占め、エルヴァス・クラ――いえ、エルヴァス・ログワルドの行いに対して忠義を示した荒者です。今更、真実を伝えたところでエルヴァスこそが王に相応しいと言うのが目に見えている。逆に国民へ伝えれば革命を起こす引き金になります。そして現状では勝ち目が無いのです」
貴族の地位でもあったキャビアス家でさえ今の王制に反発したがために爵位を取り消され、位の低い貧民の忠誠をログワルドが気に入り、今を築き上げてきた。国民の叛逆が起きれば騎士としてのプライドも低い彼らが何を起こすかは明白だ。必然的に虐殺が行なわれる。
「つまり伝承通りならエリオットは聖法を扱えるようになる。そこから王位奪還に出る予定だったということか。それでエリー……オットは覚悟出来ているのか?」
アルフィードはアルテミスと執り行った儀式でこの力を手に入れた。そして心に宿る一途な想いがあるから無事でいられる。国を思う心や他人を敬う心を持ってしてもその奥には必ず存在する欲がアルフィードには無かったのだ。
「覚悟……多分出来ていたと思う」
言葉には表れないが表情から少しばかりの不安が感じ取れる。黄金の林檎を食せばどうなるか、身をもって体感したのだ。
聖法を扱う者、それは誰もが成れて誰もが成し遂げられない。手にするには想いが必要。数少ない聖法の使い手アルフィードは妹エミリーのためだけを想い続けて不死となり無限に湧き出る生命力を具象化させる聖法を身につけた。今のエリオットにそれを成し遂げることは極めて困難といえよう。
「本当は怖かった。ボクがボクじゃなくなることが、本当に……」
黄金の林檎、ただ食すだけでは適合することは無い。それはエリオットも自覚したのだろう。
「オレがエリオットの剣になる。そして王への道標になろう。お前に刃を向ける連中ならオレが全てぶっ潰す。必ず守ってやる。オレの様になる道を選ぶな。人として生きろ」
「うん」
エリオットの剣となる。自らそう誓いを立てたアルフィードは自らの手で希望を掴み、エリオットを守り抜くと約束を交わした。
2
王都クリムレスタは城を中核とし、城下町を六区画に分けた大都市。一つの区につき一人の聖騎将が守護を任されており、六人の聖騎将が存在する。故に六聖騎将と呼ばれる。シャルナ・オルバードはその中の一人である。
「久々に王都へ帰ってきたな。百年ぶりか」
百年の時を経ても、何も変わらぬ光景に懐かしさと切なさを感慨深くとらえるアルフィード。歩を進めるにつれて人の声が耳に入る。声のする方へ耳を欹てると、
「王都に御用のある方は通行証を。通行証が無い方は一万ベルグを王都に寄付して頂きたい。出来ない方は裏口の審査にて合格を受けた者のみ入都できます」
外聞悪い門番であった。その昔は粛然としていたため国の有様が変貌したのがよくわかる。
一万ベルグ稼ぐのにも相当な商売上手か詐欺師でなければ安々と出せる金額ではない。ここに訪れる人々の中で通過できるのは大半そういった連中なのだろう。
十万ベルグあれば王都クリムレスタで土地が買える金額だ。王都クリムレスタに住む住人は一月で数千ベルグは稼げるが、王都外であれば節約しなければ王都へ入る事もできない。王都内部では一部を除いてそれほど貧しくはない。
「百年前はこんな税金取りはしなかったのに、偽りの王が変えたのか。全くくだらないな」
「ところでアルフィード君は今も通れるの?」
ため息交じりで愚痴を漏らすアルフィードに疑問を提示するアルテミス。元王族の身である彼が通過できぬ訳がないと踏んだのだろう。
「王族の証はあるけれど、国王が偽者だから無理だろうな。あと通行証も百年前はなかったし、一万ベルグ払うか……もしくはそのまま――」
「入国する人達、皆通行証持ってないみたいだよ。裏口審査もあるけど、私達はそのまま行こう」
裏口に回されるのは大抵身だしなみが貧相な国民ばかりだった。王都に住めれば裕福な暮らしが約束されるという噂もあるのかもしれない。
「……アルテミスはどうやって王都に忍び込んだんだ?」
事の発端はアルテミスの「エリー」という言葉からだった。現状、一万ベルグを持ち合わせていなく、通行証も持たないアルテミスはどのような手段を用いて情報を得たのか。
不思議そうにアルテミスの表情を伺うアルフィード。
「この百年間何もしていないと思っているなら心外だなぁ。アルフィード君が呆けている間も百万ベルグ稼いでたんだよ」
「そ、そうか、ありがとう……」
笑顔ではあるが、その表情から身の毛もよだつオーラを感じ取った。おそらくはとてつもない戦略で人を騙したのであろう。アルフィードは後ずさりしながらも感謝の言葉を述べ、門前で列に加わった。
「とりあえず、通行料払って通過するか」
二人は門番に二人分の二万ベルグを払い、王都内部の侵入に成功した。
「こうもあっさりと通れるなんて、アルテミス様様だったな」
「もっと感謝してもいいんだよ?」
「感謝するのは全て取り戻した後だ」
アルテミスへ一言告げると歩き出す。
王都内を探索するが、露天商が並ぶ城下町は賑わいを無くすほど閑散としていた。六区に分かれる城下町のうちの六番街は売り物も型崩れな品物ばかりが並んでいる。値段は三ベルグだが、この地区にとってはそれでも高いのだろう。誰も目をつけることは無かった。それに比べて食品を扱う露天商は収益を上げている。
「ここの区は貧困の住民しかいないのか」
薄汚れた城下町を踏み進めると、アルフィードの視線が一人の男に傾く。その男は城下町の露店で働いていた。
(この男、見覚えがあるな)
「確か……」
記憶の奥底から探し出す。見覚えのある男の正体は、
「貴族だったはず。位は最高位の公爵だったかな。名は――ラック・キャビアス」
「そ、それは曽祖父の名……私はラック・キャビアスの子孫、レイバルト・キャビアスといいます。なぜ曽祖父の名を君が」
「公爵なら、何か知ってるかもしれないよ? 聞いてみよう」
「そうだな、王都も変わってしまったみたいだし。それにキャビアス卿がこんな城下町に居る事も気になる」
爵位ある者ならば、城下町での労働は無いのがこの国の常識。しかしながら何故此処にと思い、アルフィードは「曽祖父になにがあった?」と問いてみた。
「国王に逆らったばかりに、我がキャビアス家は爵位を剥奪され、曽祖父も連れ去られてしまったと聞きます。そして我が子レオスもドリュアスの堕天の呪印を受け、先週から騎士団に捕まってしまいました。それからのことは何も知らされておりません。知ることすら許されないのです。ところでキャビアスの名を知るあなたは?」
彼の問いに見合う回答が見つからず名乗ることを諦めたアルフィードはアルテミスに視線を向けると彼女は直ぐにサポートを行なう。
「昔のことですが祖父がお世話になったので、そのお礼をしようと参りました」
キャビアスは納得した様子を見せて安堵の息を吐くと、
「国王に逆らわないほうが身の為ですよ。言葉一つで殺されかねないので」
と助言めいた言葉をアルフィード達に伝えた。
「有難う、肝に銘じておきます」
(助かったよアルテミス)
(あまり世話焼かせないでね)
「ところで、ここに六聖騎将シャルナは通ったか?」
「シャルナ・オルバード様を呼び捨て!? いえ、確かに通りましたが、これ以上の冒涜は周りが」
周囲がアルフィード達に視線を鋭く光らせるも二人は動じず会話に集中する。
「かまわん。どっちに向かった?」
二人の強い眼光が元貴族の子孫に拍車を掛け、シャルナ・オルバードの居場所を聞き出す。
(待ってろよ、全ての真相を突き止めて、助けてやるからな)
シャルナ・オルバードは部下を従えて城下町にある地下通路へ進路を取ったという情報をレイバルト・キャビアスから入手。その通路を辿り、暗闇の地下通路を突き進む。
「この先、何があるんだろうね」
アルテミスの素朴でシンプルな疑問にアルフィードは答える。
「この道は王宮地下に繋がる一本道、その先にあるのが嘗て拷問部屋と呼ばれた場所。そこにエリーが居るはずだ」
通路は仄暗いものの、周囲には間隔をあけて付けられた燭台が蝋燭を灯らせる。この光が幸いにも視界を遮るには到らなかった。
「蝋燭があるということは正解か。蝋燭はほとんど溶けてはいないし、この通路で間違いない」
確信を得たアルフィードは奥へ奥へと歩みを進める。薄暗く不気味な通路、鉄分を含んだ腐臭が漂う中、揺らぐ灯火が三人の騎士の姿を映し出す。
「こいつは見覚えがある。シャルナと行動を共にしていた奴らだ」
アルフィードは王剣を取り出し、騎士に刃を向ける。
「何者だ貴様! ここが何処だか知って――」
偽りの王に使える騎士の言葉は聴くだけ無意味と判断しているアルフィードは一人の首を切り落とした。アルフィードの姿は騎士達には王国に対する厭悪の集合体と認識されたのだろう。残された騎士は剣を抜き、アルフィードと対峙する。
「残り二人!」
騎士達の剣はアルフィードの王剣とぶつかり、激しい金属音が鳴り響く。
二人の騎士を相手にしているアルフィードをアルテミスはただ見守っていた。彼女は武器を構えていない。それは彼の実力と騎士達の実力に差がある事を示していた。故に自分の出番はないと悟っている。
激しい鍔迫り合いに到る事も無く先に倒れたのは騎士二人。
「な、こ……の賊党が!」
二人の騎士は片腕、片足を切り落とされ、絶叫するもアルフィードは容赦しない。騎士一人の髪を掴み上げ、問いただす。
「ここに、エリーという者がいるんだろ?」
その問いに答える気はないようだ。無言を貫く者にアルフィードは一瞬、感心を覚えた。クラウディア王家の血筋でないにしろ王と名乗る者にここまで忠誠を尽くすのだから、そこに感服したのだろう。しかし、アルフィードはすぐさま剣を首元に沿え、切り落とした。
「な、なんて惨いことを……」
「こうなりたくなければ、質問に答えろ」
怒りに燃える彼を止めることはできず、畏れに負けた騎士は指を刺す。
「この奥に……居ます」
(シャルナ様に勝てるはずが無い。死んでしまえ、賊め)
それを聞くや否やすぐさま刃を首筋に突きつけ喉笛を切ると、アルフィードはその先にある扉を開け、拷問部屋に足を踏み入れる。周囲には血にまみれた三角木馬、血なまぐさいアイアンメイデン、血が垂れ流されている審問椅子が今も使われている事を示している。そしてその部屋には六聖騎将シャルナが槍を持ち、彼の行動を予見していたように待ち構えていた。
「貴様だな、侵入した賊は。生きて帰れると思っているならば、それは夢に終わるぞ!」
「オレも同じこと考えてたぞ。だがオレはエリーを助け、真実を知るまでは諦めない」
もとよりアルフィードは不死の身体ゆえに死の恐怖が無い。シャルナにいたっては普通の人間。そして二人の戦いの幕が切って落とされる。
アルフィードの振り下ろした剣がシャルナの槍と衝突する。激しく高鳴る金属音と共にアルフィードの剣は受け流されるも剣を振り上げ、シャルナに一歩引かせる。
対人戦闘に特化された鋭利な矛先がアルフィードの喉笛に噛み付くも既の事で刺さるところだった。
「賊の癖に強い……(あの剣はまさか、いやそんな筈がない)」
「うっせぇよ、てめぇの方が賊だろうが。今ここでその命、終わらせてやるよ」
王剣を掲げ、切っ先をシャルナに向けると再び合間見える。一合二合三合と刃を交え交戦する。しかし見紛うことなくアルフィードの方が優勢である。千年も戦い続けた戦巧者のアルフィードに人間が敵うはずもない。
王剣アルカロンはシャルナの槍の先端を何度も弾き刃こぼれさせるが、それだけでは留まらず奥の手まで発動する。
「オルバードだろうと関係ねぇ! 全力でぶっ潰す!」
「エザフォス・ヴラスタリ・クリスタロ・フォス・レシタル・フォナゾ・スィモス・ケオ・エウリュ……テリオス――(大地に芽吹く結晶よ光となりて演奏せよ、叫べ、怒れ、燃え広がれ……完全なる――)」
王剣がアルフィードの生命力を吸収し、光に変換する。その様を見たシャルナは、
「聖法……あなたは――」
彼の正体に気付くも、聖法の解放を止めるにはあまりにも遅すぎた。最後の言葉を放つ刹那の刻、アルフィードは異変を感じ取り、聖法を止める。
「エリー!? まさか食べたんじゃ――」
アルフィードはその部屋の奥からエリーと黄金の林檎の気配を感じ取るとシャルナをそっちのけで突き進み、戸を開ける。
「やはり! それを食べるな!!」
エリーは黄金の林檎を食べ終えた後だった。それが何を意味するのか、アルフィードは熟知している。その後何が起きるのかも。
「んぎゃああああああああああ!!」
悲鳴を上げるエリー。それもそのはず、エリーの身体は黄金の林檎との融合に耐え切れず右腕が膨れ上がり、顔つきも変化していく。皮膚も裂かれ、この痛みに身体は悶絶躄地を奏でる。そして身体は膨張し、人ならざる者へと変わろうとしていた。
「エリオット様!?」
(エリオット? まさかそれが本名……だがそれは後回し!)
「エリー、待ってろ! 今、助けてやる!」
王剣アルカロンを取り出し、エリーに刃を向けると片手を空にかざす。
「アグノス・ミナス・デア・ビオス・ステレオ・トクソ・アラギ・アペレフセロスィ(純粋たる月の女神よ、命を固め弓と成し解き放て)」
その言葉と同時に空に翳した手から高貴な光を放ち、弓の形と化した。その弓に王剣アルカロンを添えてつがえる。
王剣アルカロンを矢としてエリー――改めエリオット――の胸に切っ先を向けた。その胸にはアルフィードの胸にも存在する琥珀色の種が浮き出ており、これが不死の根源。永久の生命力を与えるものである。そして種を破壊できるものがヘパイストスの造る武器のみとされる。
「アルカロン・ヴェロス!(王剣の矢)」
弓を引くと王剣は矢の如く種に中り、エリオットの胸部に突き刺さると種は砕かれ、力を失った。しかし身体の暴走はいまだ止まらず、肉体の変化は治まらない。
「フィリア・セリシ・アラギ・メギストス・サブマ……フォス・セラピア(愛を気力と化し最大の奇跡を……光の治療)」
エリオットの胸に手を当て、生命力を注ぎ込む。アルフィードの神の呼び声に呼応し、言葉を具象化させる。その力はエリオットを包み込み膨れ上がった部位を修復していく。変貌した皮膚を元通りに復元する。この力はまさしく神に等しいといっても過言ではない。国民の誰もが、国王でさえ欲する力。その聖法をエリオットに使う。
「ボ、ボクは……確か化物に……」
先ほどの事を思い出したのか身震いを始める。肉体の膨張、皮膚の豹変、人ならざる者への変化、十死一生を得たエリオットだが恐怖を拭いきれずにいた。
「もう大丈夫だ、オレがいるぞ。オレがいるからエリー……エリオットは安心しろ」
両腕で抱擁し、ひたすら慰める。その姿は昔のアルフィードとエミリーによく似ていた。故にアルフィードは強く抱きしめる。ただ一人の子孫であることを神に願いながら。
エリオットの破けた服に目を向けると、背中に奴隷の証である烙印が押されていた。奴隷の烙印は神に背きし者に押される神の与えし宿怨の傷。たとえドリュアスに狙われたとしても救われる事の無い。と言われている。そして何より、王族貴族の道具として働かされる宿命を持つ。
(子供にこんなものまで捺しやがって……)
「あの、ボクはどうなったの?」
「怪物に成りかけてはいたけど、オレが救ってやったぞ」
エリオットは数秒前の出来事を記憶から呼び起こす。アルフィードの放つ聖法の力を直に浴び、人の枠から外れた存在に成り下がるエリオットを救った勇姿を。
「た、助けてくれて……その、ありがとう」
多少震恐が残りつつも感謝を怠らないエリオットの頭をなでる。
「無事でよかった。けれどもう黄金の林檎は食うなよ。痛い目に遭うどころじゃないからな」
そう伝えると抱きしめた腕をそっと広げ、エリオットとシャルナの間に就くと六聖騎将の身分でありながら愚かな振る舞いをしたシャルナに目を向け、
「一つ聞く。シャルナ・オルバード、お前はエリー……エリオットのことを何処まで知っている?」
問いただす。
「あなたに感謝します。此度はエリオット様の命を救って頂き、真に――いえ失礼しました。エリオット様の事ですか、その前にあなたの事を知りません。せめてお名前をお教えください」
アルフィードの情報は何一つ伝わってはいない。百年の間、この王都クリムレスタに出向いたことは無いのだから。
「オレは……」
一呼吸を済ませ、彼女の問いに偽りなく真名を伝える。
「アルフィード。ところでエリオットが王族という噂を耳にしたんだが――」
シャルナの視線は彼の質問よりも王剣に向けられる。アルフィードの言葉は耳に入らないのだろう、一つため息を吐くと話を変えることにした。
「見ての通り、これは王剣アルカロンだ。オレは三代前の国王ジノヴィオス陛下の実弟、ジルヴァニス殿下の子孫、アルフィード・クラウディアだ」
自身の正体を隠すため即興で作り上げた虚偽の身分。クラウディア王家尊属の子を演じるが元々が王族故に演技も容易なのが伺える。王族である証は王剣が示す。
王族である証とは、戴冠式にて新たな王に王剣アルカロンを授与する際、光り輝く様を国民に見せる一種の儀式。百年前まではアルフィードが戴冠式に出席し、王剣を与える役割を担っていた。過去の輝きも全てはアルフィードが側に居たからこそ可能だった。
「三代前ジノヴィオス陛下に賢弟ジルヴァニス殿下!? 聞いたことが無い! しかし王剣があなたの手にある事と聖法が使える事、紛れもない王族……大変失礼しました」
半分は作り話である。しかしシャルナを納得させるには十分すぎる素材になったことだろう。
「それでは質問に入る。エリオットのことで知っていること全てを話せ」
命令口調且つ鋭い視線で睨め付ける。この行動は良き判断といえる。
「そ、それは……エリー様、いえエリオット様は王家の正統なる継承者です。百年前ですが、その時の六聖騎将の一人はアタシの曽祖父、フィリオ・オルバードから託されクラウディア王家を守り続けていました」
百年前の六聖騎将の子孫、王族であるエミリーの子孫エリオット、この二つが重なり合い、アルフィードはエミリーとエリオットの顔を折りしも比べていた。
「アルフィード様の様子ですと、ご存知ではないようなのでお伝え申し上げます。内乱の最中、王妃様から赤子を預かり育ててきたと聞いております。その子孫がエリオット様名のです。今の国民は王族に憎しみを抱く存在。ですからエリーという名と奴隷の服は国民から目をそらすため仕方なかったのです」
その言葉に救われたのかアルフィードはホッと息を呑む。
「ログワルドは元々政務官と聞きます。そんな奴が王位欲しさの支配欲に負け、乱心を引き起こした結果が今に当たります。王位簒奪による継承だと国民に知れたら根本から瓦解する恐れがある。そうなれば国民の反発は強まる恐れがあります」
クラウディア王国の象徴であり厳守すべき尊厳のある王家の血縁を、百年前のログワルド一族はその王位欲しさに溺れた愚者なのだ。それについてはアルフィードも理解している様子を示している。
「だからこそ長年調べ続けたのです。久遠の泉への通路と、王剣の秘密、そして伝承の真偽を。全ては王の目が行き届かぬよう密かに。王位継承を執り行うことで力は継承されると聞いております。しかし王位継承が出来ぬ今、伝承を辿り王族のみが食せる黄金の林檎をエリオット様に食べてもらうしか方法がなかったのです。が、アルフィード様が継承なさっていたのですね」
こくりと頷きながらも首をかしげる。
「それにしては些か信用できないな。お前の部下、あいつらの態度はエリオットを奴隷扱いしていたぞ」
今日起きた出来事は幻でも幻覚でもない。騎士達の明白な牙が剥き出しだった。
奴隷とは国王に逆らう者だけを選別し、意味なき労働をさせる。しかし決して叛逆した者の一家全員を奴隷として扱わず、程よく呈している。
「それについては仕方なかったのです。あいつらは現王の素性を知らない。と言うより教えたところで今の騎士達は成り上がりが多数を占め、エルヴァス・クラ――いえ、エルヴァス・ログワルドの行いに対して忠義を示した荒者です。今更、真実を伝えたところでエルヴァスこそが王に相応しいと言うのが目に見えている。逆に国民へ伝えれば革命を起こす引き金になります。そして現状では勝ち目が無いのです」
貴族の地位でもあったキャビアス家でさえ今の王制に反発したがために爵位を取り消され、位の低い貧民の忠誠をログワルドが気に入り、今を築き上げてきた。国民の叛逆が起きれば騎士としてのプライドも低い彼らが何を起こすかは明白だ。必然的に虐殺が行なわれる。
「つまり伝承通りならエリオットは聖法を扱えるようになる。そこから王位奪還に出る予定だったということか。それでエリー……オットは覚悟出来ているのか?」
アルフィードはアルテミスと執り行った儀式でこの力を手に入れた。そして心に宿る一途な想いがあるから無事でいられる。国を思う心や他人を敬う心を持ってしてもその奥には必ず存在する欲がアルフィードには無かったのだ。
「覚悟……多分出来ていたと思う」
言葉には表れないが表情から少しばかりの不安が感じ取れる。黄金の林檎を食せばどうなるか、身をもって体感したのだ。
聖法を扱う者、それは誰もが成れて誰もが成し遂げられない。手にするには想いが必要。数少ない聖法の使い手アルフィードは妹エミリーのためだけを想い続けて不死となり無限に湧き出る生命力を具象化させる聖法を身につけた。今のエリオットにそれを成し遂げることは極めて困難といえよう。
「本当は怖かった。ボクがボクじゃなくなることが、本当に……」
黄金の林檎、ただ食すだけでは適合することは無い。それはエリオットも自覚したのだろう。
「オレがエリオットの剣になる。そして王への道標になろう。お前に刃を向ける連中ならオレが全てぶっ潰す。必ず守ってやる。オレの様になる道を選ぶな。人として生きろ」
「うん」
エリオットの剣となる。自らそう誓いを立てたアルフィードは自らの手で希望を掴み、エリオットを守り抜くと約束を交わした。