第一章・王位奪還
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ここは洞窟内部であり、深潭が生み出す黒より暗い闇。その中でも騎士団員は常に光を灯し、エリーの行く先を照らし続ける。
「エリー、この奥に久遠の泉があるらしいわ。国に伝わる伝承、覚えているわよね?」
六聖騎将シャルナはエリーに向けて言葉を放つと、その言葉を聴いた騎士団員はエリーに視線を向け反応をうかがう。
「うん、確か……大地に根付きし千寿の樹。天より千寿の番人ドリュアス来たりて、生く者命千を捧ぐ時、世界は均衡を保つ。千寿の命枯れ果てし時、かの地は終を迎えん。然はあれど久遠の泉の実り見つく童に大地はささめかなるあらましも叶ふ永久の力を与えん。だったよね」
「その通りです。クラウディア王国の為にエリーには礎となっていただきます」
エリーは覚悟を決め自ら足を進める。その先にある目的も、自ら人体実験に使われることも熟知しており、泉の前で立ち止まった。
洞窟最奥には僅かな穴が太陽光を招き入れており、その先には泉が存在していた。周辺には僅かに茂る木々が確認でき、まさに神秘的といえる光景だった。この泉こそ久遠の泉。
「綺麗……」
久遠の泉は青く澄んでおり、水面に広がる景色はさぞや絶景であった。満月の夜にもなれば月光が水面を照らすであろう。エリーは想像しながら水面に浸かる。
「情報ではこの奥に力を与える実が存在する。エリー、潜って見つけてきなさい。伝承通りに行なえば、あなたに力が備わるはずです」
エリーはごくりと唾を飲んだ。今のエリーは奴隷としてこき使われるだけの人形に過ぎない。六聖騎将シャルナのために働くが、見るからに幼き少女のようだ。
風光明媚な深緑の地と、僅かな陽射しが絢爛華麗に輝きを魅せるターコイズブルーの冴えた泉に、不思議と潜りたい気持ちがエリーを支配する。すっと息を吸い込むと、
「ボク、行きます」
エリーは泉の中へ飛び込んだ。
(泉の中も、こんなに綺麗なんだ)
エリーは水底まで素潜りで進むと周囲を見渡す。息を継ぐ事も不可能な水中で、力の根源を必死に探す。どのような形なのかは伝承にも残っていないが、見るからに美しいものに違いないと信じている。その感は外れることなく水域の底で輝いていた。
水中に根付く樹木の枝に金色に輝く林檎がエリーの瞳へ映しとった。
(これが黄金の林檎、王族だけが手にする神の力――)
黄金の林檎を食べる事で力を手にすると伝えられている。それを信じて疑わないエリーは 純粋な瞳で黄金の林檎を見つめ、林檎を二つ手に取ると水上へ向かう。
(黄金の林檎、ボクに力を与えて。国の為、民の為、ボクは礎となっても構わない)
水上へ向かうエリーに気を向けず、騎士団はシャルナに物申す態度をとる。
「しかしシャルナ殿、大丈夫でありましょうか? あの子は真の王族でありながら身分が奴隷であることに不満を持つ可能性もありますよ」
不満で満たされるのも無理は無い。力を手にした奴隷が国王の命を奪わないとも限らないがシャルナはそこも想定内なのだろう。得心が行く筈もなく部下たちは釈然としない表情をシャルナにぶつけるもシャルナは自信ある一言を叩きつける。
「そのようなことが起きないようにアタシ等は十年以上も愛情を注いで育てて来たんだ。失敗などありえない。文句があるなら全てが瓦解したときに聞くよ」
「そ、そうですよね。自分が間違っておりました」
騎士団員の謝罪の直後、水中から顔を出すエリー。今までの言葉は水中では耳にも入らず、神に等しい力を持つ黄金の林檎を二つ掴み戻ってきた。
「ご苦労。しかしコレが神の力の林檎か、宝石と見間違えるほどの美しさだな」
シャルナは林檎を手にすると、その美しさに見ほれてしまうも、騎士団率いる六聖騎将であることを自覚した上で任務に支障を来たさないよう、布で厳重に包み隠すと「よく頑張ったな」とエリーに一言添え、本人はその優しくも聞こえる甘い言葉に少し照れ隠し「はい」と答えた。
だが六聖騎将含む騎士団の誰も気付くことは無かった。その動向を、鳴りを潜めて静観している人物がいる事に。
******
時を遡る事午前八時。
「アルフィード君、今のクラウディア王国についてどう思う?」
黄金の髪に柘榴色の瞳を持つ少年アルフィードに、白銀の美しき髪と蒼き瞳を持つ少女は答えを促すように問う。
「どうって、昔の国王は千差万別に国民を受け入れていたからオレ好みだった。内乱が起きた後の王族は国民の主張すら聞き入れないクズだからな。滅んでもいいと思ってる」
アルフィードという少年は王都クリムレスタ出身であり、王族と深い関係を持つ。訳あって今は魔女の森に住んでいる。名前の由来は視界を遮るほどの濃霧が年中蔓延しており、その森に入る者は生きて出られぬ言い伝えからそう呼ばれている。
その森の中に建てられたウッドハウスでアルフィードとアルテミスは過ごしていた。
「エリーって子が居るんだけど、その子が奴隷でね。でもその昔、アルフィード君の好きな女王エミリーに似てるんだよ」
その言葉にピクリと眉を動かすアルフィード。エミリーとはどのような関係だったのか。
「エミリーに似ているって、それは無いだろ。だって百年前の内乱で子孫が殺されたんだ。生きてるはずが無い!」
内乱の際、王族の全てが命を落とした。その元凶がエルヴァスの王位簒奪計画であったとされるが、クラウディア王国国民はその真実を知らない。
「生きていた、としたら? そして子を作り、子孫を残していたとしたら? 六聖騎将の一人が今まで守っていたとしたら?」
アルフィードはクラウディア王家の正統な嫡子である。アルフィードには妹がおり、名をエミリーという。アルフィードはいつもエミリーの事を思い、時には厳しく、時には優しく、兄として振舞ってきた。しかしエミリーの身体にドリュアスに狙われる証、堕天の呪印が浮き出た時、運命が変わった。
エミリーの命を、ドリュアスの堕天の呪印から救うため、アルフィードは自ら足を運び久遠の泉を発見し、そこでアルテミスと出会う。二人の関係はとても深く、彼女はこの世界を見守る聖導十二神王と呼ばれる者の一人であり、神の力、聖法を授ける者でもある。しかしその存在はアルフィード含む僅かしか知らされていない。
彼女の手で神の骨に存在する聖髄を移植後、黄金の林檎を食し不死となり、力の使い方を叩き込まれ、妹エミリーを呪いから救い出す。その後、エミリーはクラウディア王国女王の座につき、アルフィードは王国を守る守護者として千年も戦い続けた。この話はアルフィード及び神の骨の存在、不老不死の情報を消した状態で伝承として語り継がれている。
アルテミスは彼に力を与え、この時代まで支えてくれた最も信頼の置ける仲間である。信頼できる彼女から一枚の写真を手渡される。見るからに幼く見えるがその姿は千年前のエミリーとよく似ていた。
「この写真、これが真実ならオレは何処で見落とした! 何故気付かなかった!」
百年前の内乱後、八方塞がりに陥ったアルフィード。行き場を無くし且つ孤影悄然と俯いていた彼にアルテミスは一つの光を指し示す。
「それは全てアルフィード君が確かめるべきだよ」
「だけどどうやって? あいつらはいつ何処に現れるかも解っていないんだろ?」
情報通りであっても騎士団がエリーを連れて己の前に来ることなど到底ありえない。逆もまた然り。王宮に乗り込んだとしても居場所の特定が出来ない限りうかつな行動は無駄足となる。しかしアルテミスは入手困難な情報を入手している。
「今日、久遠の泉に向かうという知らせを手に入れたから――」
「なら今すぐ行くぞ!!」
唯一つの情報を頼りにアルフィードが決意するが、人間ならばはそう簡単に決断できることではない。よほどの信頼や繋がりがなければ行動に移ることは無い。それほどエリーという子が気になるのだろう。
「アルフィード君はディセコン(子孫コンプレックス)だね」
「何か言った?」
「何も♪」
******
時を戻すこと午前十時。翠影に隠れていたのはアルフィードとアルテミスの二人。二人は騎士団よりも早く辿り着く事も容易だった。当然と言えば当然だ、アルフィード達はこの場を熟知している数少ない者達なのだ。
「エリーって子は、エミリーに似ている」
「最初に教えたのに信じていなかったんだね?」
信用していなかった容疑が浮上し、アルテミスが不満を見せ付けるも、
「オレはただ見たかっただけだ。決して信じていなかったわけじゃないぞ。と言うか何年付き合ってると思ってる!? 千年だぞ、ここに来てアルテミスを裏切るようなことオレがするはず無いだろ」
「うん、知ってるよ。だってアルフィード君はいつも自分で確かめるからね」
アルフィードの焦り顔にアルテミスは笑顔で言葉を交わす。その笑みは女神の如く神々しい。
「あとはエリーの素性だが、あの騎士邪魔だな。血が騒ぐ」
アルフィードにとってエリーが王族である確信が必要なのだ。そのため騎士団であろうと、偽りの王族であろうと邪魔であれば世界から消す覚悟を持つ。が、
「多分、奇襲を仕掛けても答えてはくれないよ。もう少し様子を見て決めれば大丈夫だよ」
「はぁ……実力行使で聞ければ楽なのにな。七面倒だけど仕方ない。アルテミスの言うとおり、様子見に徹するか」
それがいいと判断したアルフィードは少しの時間見守ることを即断したが不測の事態が起きてしまった。黄金の林檎を手に入れたエリーはシャルナと共に王宮へ向かうはずだったが、不意にも番人ドリュアスが現出したようだ。
普段ならばありえない現象。なぜなら久遠の泉は神の領域とされる。その領域にドリュアスが顕現するなど寿暦始まって以来の非常事態なのだ。
(こんな場所にまでドリュアスが来るのかよ)
(おそらく騎士団員は堕天の呪印が完成した者を連れてきたのかも)
アルテミスの答えは正しい。ここに現れる以上何者かが狙われている。それと同時に騎士団一行は剣を構えた。
「こんなところに番人が――誰だ!? 堕天の呪印を隠し持っていた奴は!」
シャルナの一声に騎士団はびくつく。番人ドリュアスは餌とする者に対して堕天の呪印を与え、黒く変色した時に生命を喰らいに現出する。クラウディア王国に伝承として残されている救世の存在は、王家及び六聖騎将と直属のみが誕生までの道程を知らされている。
騎士団一行は素早く臨戦態勢を整えた。
「さて、どうする、アルフィード君。このままだと何も知らない騎士団は全滅だよ」
「そうだけど、ここは実力の拝見としよう」
アルフィードの一言でアルテミスはしばし見届けることに専念する。同時に騎士団、番人ドリュアス、両者が仕掛けた。
騎士団一同はドリュアスを中心に円陣を取り、間隔をあけるとシャルナが指令をかける。
「騎士団員、全員武器をドリュアスに向けよ! そして見極めるため三歩下がれ!」
部下を後方へ下がらせるとドリュアスの行動に目を向ける。その振る舞いはドリュアスの餌を探し出すためだった。ドリュアスは後方で構える騎士セバスに目を向ける。
「番人の狙いはセバス、貴様か。ならば生きて会おう。全員撤退だ! 目的は果たした。急げ!」
その一言と同時に他の騎士団はエリーを連れて撤退する。肝心のセバスという男は捨て駒同然の扱いだが無理も無い。人間では勝率が乏しい相手だ。
セバスは自らの腕を見ると堕天の呪印を見つけ、自らの役目を全うせんとドリュアスに立ち向かう。
(昨日までは呪印すらなかった筈だがいつの間に……)
「俺もここまでか。だが番人ごときにこの命差し出すと思うなよ! 生還すればエルヴァス陛下の、新たなる救世の誕生を拝める! そして新たなる秩序のために――」
セバスは啖呵を切って飛び出した。その姿を黙視するアルフィードとアルテミスは騎士セバスの救出よりも、その後の行動について思考を回らせる。
「シャルナの行き先は方角から王都だろ。すぐ追いつくし問題ない」
「ならあの騎士はどうするの? なんの力も持たない人間が戦っても勝ち目ないよ」
「今の騎士団の実力がオレと対等かどうか、実力を見ておこうと思う。それに、腐っても騎士団員だ。過去と違って簡単にやられるほど弱くは無いだろ。それに、あいつに聞きたいこともあるからな。危機的状況に陥った場合、助けるさ」
(エリーについて知ってることを全て吐かせる。あと聖騎将シャルナの目的も気になる)
そうアルテミスに伝えるとアルフィードは静観に徹する姿勢を取り、セバスという男の行動を黙視した。その肝心のセバスは――
「番人と言ってもただの傀儡、胴体は粉微塵にしてお前の首を陛下に献上してやるよ!」
番人の背後に回り込み剣を振るう。番人は二度三度と斬りつけられるも大きく腕を振るい、背後にいる騎士セバスへ打撃を打ち込む。騎士セバスはドリュアスの動きを先読みし、バックステップで直撃を避けると再び背後へ回り、再度切りつける。
その動作は番人ドリュアス対策なのだろう。ヒットアンドアウェイは番人に対して有効な手段とも言えるがアルフィードの反応は曇りを見せていた。
「騎士一人の腕は昔よりは良くなってるけど、それだけじゃ勝てないな」
自慢げに一人語るアルフィード。だが彼の言うとおり、ドリュアスを相手に一人戦場で勝ち抜くことは不可能。番人ドリュアスの背中ばかりを切りつける騎士の動きが気になるようだ。おそらく奥の手でもあるのだろうと考える。
ドリュアスの背中に穴を開けた騎士セバスは最後のトドメと言わんばかりの物を取り出した。それは小さく丸い物体。
「これで最後だ! 番人と言えど唯の樹木。吹き飛んじまえ!!」
その一言と同時にドリュアスの背中に飛びつくセバス。背中にあけた僅かな空洞に丸い物体を押し込み、点火させる。
「爆弾か!」
アルフィードは一瞬驚き表情が一変したが、すぐさま冷静に戻る。
導火線を辿る火は着実に爆弾の元へと進んでいく。爆破に備え、騎士セバスは背中から離れると、十メートルほど間隔をあけ、同時に爆発。その威力は城壁程度なら破られるほどである。
「爆薬使って敵を粉砕。ドリュアス相手に申し分ある威力だな。これじゃあ逆効果だ」
アルフィードの予測は蓄積された経験の上で成せる事。孤軍奮闘、勝てば勲章ものだがセバスの実力は轅下の駒というに相応しい訳だ。しかしこの程度の力ではドリュアスにダメージは与えられない。
「やったか!」
勝ち誇った顔つきで焔を見つめる。爆炎と焦げ臭さが漂う洞窟で勝ち誇った表情を魅せる。勝利の美酒に酔いしれるセバスだが無理も無い。彼の持つ全力を出し切って勝利を掴んだつもりでいるのだから。
煙で視界に入らない番人ドリュアス。その姿を視認できたのは数秒後。
「な、なぜ無傷……というか、何故傷が無い!?」
騎士になって日が浅いのだろう、ドリュアスに対してセバスは無知だ。故に死神が首に鎌をかける姿でも想像したのだろう。逃げ出そうと敵に背を向けてしまった瞬間、ドリュアスは彼を鷲掴みにした。
「そろそろか。行くぞアルテミス」
「言われなくても」
二人はフードで顔を隠し、岩陰から姿を現す。
「足止めするね」
「頼む、オレはこいつに用があるから切り離すぞ」
アルフィードは王剣を片手で握りしめ、セバスを掴んだドリュアスの腕を両断し、弱った騎士セバスを連れて少し離れた木陰に身を隠す。
「た、助かった。礼を言う。わたしは王国騎士団のセバスだが――」
「無駄の多い話は無しだ。単刀直入に問う。お前らはエリーを使って何をしようとしている?」
御託を嫌うアルフィード。それに対しては理由がある。長話をしているほど余裕が無いらしく、王剣をセバスの喉元に突き立てる。
「…………わたしはなにも知らない。本当だ信じてくれ」
彼の言葉に虚偽が無いか、アルフィードの視線は彼の僅かな動作も記憶に入れる。
視聴した限りでは嘘か見分けはつかない。なぜなら嘘を嘘と思わせない術が存在するからだ。
(戦闘時の言葉遣いと今の態度はまるで別人。わたしは何も知らない。と言った。つまりこいつは言葉を使い分けている。俺は知ってるけれど、わたしは知らない。この可能性がある)
「とりあえず騎士団としてのあるまじき言葉遣い。貴様自信を恨むんだな」
王剣を握り締め、セバスの太ももに突き刺す。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
洞窟内にこだまするほどの悲鳴だが、生憎この場はアルフィード、アルテミス、セバス、ドリュアスしか居ない。これはセバスにとって幸運なのか、不運なのか、本性が露になる。
「貴様ぶっ殺すぞ! 四肢を切り落として、首を刎ねて、国王に献上してやる。喜べ!」
彼の罵声にアルフィードもあきれた表情を浮かべ、王剣で彼の片腕を切り落とす。
「!?」
「シャルナという六聖騎将とエリーの関係は何だ? 返答次第では首を刎ねる事になるぞ」
セバスは出血を止めるために余った片腕で傷口を塞ごうとしているがアルフィードは容赦なく胸元に刃先を添える。
「質問に答えろ、ゲス野郎。関係は何だ?」
セバスの口元はゆっくりと開き、そして答えた。
「あいつはシャルナ様の奴隷です」
奴隷という言葉がアルフィードの逆鱗に触れてしまい、残った腕を切り落とす。
「ひぎゃああああああああああああ――」
死を感じた騎士セバスはアルフィードへ向けて傷のない足で蹴り込むが、直前に片足を切り落とされる。
「最後の質問だ。シャルナはエリーをどうするつもりだ?」
「喋る。喋りますから命だけは――」
怒りによって目つきが変わり、流石のセバスも知ること全てを口に出すしかなくなっていた。
「すべてはエルヴァス陛下の命を受け、奴隷を使って神の力を引き出す実験をするつもりです。そして伝承が事実であれば、あいつが聖法を使えるようになるはずです。その力を手にしたら兵器の核としてドリュアスの殲滅、そして世界の統一を果たす礎になります。無論死ぬまで自由など与――」
アルフィードは最後まで聞く気が失せたのだろう。セバスの首を跳ね、シャルナの向かう王国へ剣を向ける。
「エリーがエミリーの残した希望なら守り抜く。六聖騎将もすべて潰して国を立て直す。違ったとしてもこんな国は滅ぶべきだ」
アルフィードの生きる意味を見出す戦いが始まろうとしていた。が、
「アルフィード君、ドリュアスも目標失って手が着けられないよ」
「そうだった。まずはドリュアスからだ」
アルテミスの一言で己の役目を思い出し、ドリュアスに戦いを挑む。
「時間が惜しい。一気に畳み掛けるぞ」
アルフィードは王剣アルカロンを握り締め、ドリュアスの腹部に向けて突き刺すと己の生命力がドリュアスの体内に吸い込まれていく。しかしアルフィードは聖法を扱える不死の存在。これを知る者はこの国でアルフィードを覗いて一人、アルテミスのみ。
「ゼーン・ズィナミ・ウシオディス・エルピス……ヘイス・カサリズマ! (生きる力、我が希望となれ……一掃!)」
黄金の林檎を種ごと食したアルフィードの肉体は、その果実と完全に融合を果たしている。
アルフィードの胸部には琥珀色に輝く果実の種が浮き出ており、その種がある限り生命力は無尽蔵に生み出され、不死であり続ける。生命力は人が持つ微弱な放射体であり、オーラとも呼ばれる。人であり続ける以上、生命力の増加はない。そして聖法とは生命力を用いり神の呼び声に呼応し具象化する術であり、アルテミスから学んだもの。
王剣アルカロンは最後のカサリズマの一言と共に琥珀色に輝く膨大な生命の光を放出し、ドリュアスに注ぎ込む。その結果ドリュアスは光の粒子となり天へ帰還した。そしてアルフィードの手によって殺された騎士の呪印は消えていく。
「生命力を用いる聖法の使い方はまだ覚えていたんだね。偉い偉い」
アルテミスがアルフィードの頭を優しく撫でるもアルフィードは眉を狭めて嫌を見せる。
「もうオレは子供じゃないんだから、いい加減に頭撫でないでくれよ」
ごめんと言わんばかりの笑みを浮かべたアルテミスはアルフィードに問う。
「決まった?」
「あぁ、目指すは王都クリムレスタ、そしてシャルナをぶっ倒して問い詰める」
決意を胸にした彼らは王都クリムレスタへ向かう。
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ここは洞窟内部であり、深潭が生み出す黒より暗い闇。その中でも騎士団員は常に光を灯し、エリーの行く先を照らし続ける。
「エリー、この奥に久遠の泉があるらしいわ。国に伝わる伝承、覚えているわよね?」
六聖騎将シャルナはエリーに向けて言葉を放つと、その言葉を聴いた騎士団員はエリーに視線を向け反応をうかがう。
「うん、確か……大地に根付きし千寿の樹。天より千寿の番人ドリュアス来たりて、生く者命千を捧ぐ時、世界は均衡を保つ。千寿の命枯れ果てし時、かの地は終を迎えん。然はあれど久遠の泉の実り見つく童に大地はささめかなるあらましも叶ふ永久の力を与えん。だったよね」
「その通りです。クラウディア王国の為にエリーには礎となっていただきます」
エリーは覚悟を決め自ら足を進める。その先にある目的も、自ら人体実験に使われることも熟知しており、泉の前で立ち止まった。
洞窟最奥には僅かな穴が太陽光を招き入れており、その先には泉が存在していた。周辺には僅かに茂る木々が確認でき、まさに神秘的といえる光景だった。この泉こそ久遠の泉。
「綺麗……」
久遠の泉は青く澄んでおり、水面に広がる景色はさぞや絶景であった。満月の夜にもなれば月光が水面を照らすであろう。エリーは想像しながら水面に浸かる。
「情報ではこの奥に力を与える実が存在する。エリー、潜って見つけてきなさい。伝承通りに行なえば、あなたに力が備わるはずです」
エリーはごくりと唾を飲んだ。今のエリーは奴隷としてこき使われるだけの人形に過ぎない。六聖騎将シャルナのために働くが、見るからに幼き少女のようだ。
風光明媚な深緑の地と、僅かな陽射しが絢爛華麗に輝きを魅せるターコイズブルーの冴えた泉に、不思議と潜りたい気持ちがエリーを支配する。すっと息を吸い込むと、
「ボク、行きます」
エリーは泉の中へ飛び込んだ。
(泉の中も、こんなに綺麗なんだ)
エリーは水底まで素潜りで進むと周囲を見渡す。息を継ぐ事も不可能な水中で、力の根源を必死に探す。どのような形なのかは伝承にも残っていないが、見るからに美しいものに違いないと信じている。その感は外れることなく水域の底で輝いていた。
水中に根付く樹木の枝に金色に輝く林檎がエリーの瞳へ映しとった。
(これが黄金の林檎、王族だけが手にする神の力――)
黄金の林檎を食べる事で力を手にすると伝えられている。それを信じて疑わないエリーは 純粋な瞳で黄金の林檎を見つめ、林檎を二つ手に取ると水上へ向かう。
(黄金の林檎、ボクに力を与えて。国の為、民の為、ボクは礎となっても構わない)
水上へ向かうエリーに気を向けず、騎士団はシャルナに物申す態度をとる。
「しかしシャルナ殿、大丈夫でありましょうか? あの子は真の王族でありながら身分が奴隷であることに不満を持つ可能性もありますよ」
不満で満たされるのも無理は無い。力を手にした奴隷が国王の命を奪わないとも限らないがシャルナはそこも想定内なのだろう。得心が行く筈もなく部下たちは釈然としない表情をシャルナにぶつけるもシャルナは自信ある一言を叩きつける。
「そのようなことが起きないようにアタシ等は十年以上も愛情を注いで育てて来たんだ。失敗などありえない。文句があるなら全てが瓦解したときに聞くよ」
「そ、そうですよね。自分が間違っておりました」
騎士団員の謝罪の直後、水中から顔を出すエリー。今までの言葉は水中では耳にも入らず、神に等しい力を持つ黄金の林檎を二つ掴み戻ってきた。
「ご苦労。しかしコレが神の力の林檎か、宝石と見間違えるほどの美しさだな」
シャルナは林檎を手にすると、その美しさに見ほれてしまうも、騎士団率いる六聖騎将であることを自覚した上で任務に支障を来たさないよう、布で厳重に包み隠すと「よく頑張ったな」とエリーに一言添え、本人はその優しくも聞こえる甘い言葉に少し照れ隠し「はい」と答えた。
だが六聖騎将含む騎士団の誰も気付くことは無かった。その動向を、鳴りを潜めて静観している人物がいる事に。
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時を遡る事午前八時。
「アルフィード君、今のクラウディア王国についてどう思う?」
黄金の髪に柘榴色の瞳を持つ少年アルフィードに、白銀の美しき髪と蒼き瞳を持つ少女は答えを促すように問う。
「どうって、昔の国王は千差万別に国民を受け入れていたからオレ好みだった。内乱が起きた後の王族は国民の主張すら聞き入れないクズだからな。滅んでもいいと思ってる」
アルフィードという少年は王都クリムレスタ出身であり、王族と深い関係を持つ。訳あって今は魔女の森に住んでいる。名前の由来は視界を遮るほどの濃霧が年中蔓延しており、その森に入る者は生きて出られぬ言い伝えからそう呼ばれている。
その森の中に建てられたウッドハウスでアルフィードとアルテミスは過ごしていた。
「エリーって子が居るんだけど、その子が奴隷でね。でもその昔、アルフィード君の好きな女王エミリーに似てるんだよ」
その言葉にピクリと眉を動かすアルフィード。エミリーとはどのような関係だったのか。
「エミリーに似ているって、それは無いだろ。だって百年前の内乱で子孫が殺されたんだ。生きてるはずが無い!」
内乱の際、王族の全てが命を落とした。その元凶がエルヴァスの王位簒奪計画であったとされるが、クラウディア王国国民はその真実を知らない。
「生きていた、としたら? そして子を作り、子孫を残していたとしたら? 六聖騎将の一人が今まで守っていたとしたら?」
アルフィードはクラウディア王家の正統な嫡子である。アルフィードには妹がおり、名をエミリーという。アルフィードはいつもエミリーの事を思い、時には厳しく、時には優しく、兄として振舞ってきた。しかしエミリーの身体にドリュアスに狙われる証、堕天の呪印が浮き出た時、運命が変わった。
エミリーの命を、ドリュアスの堕天の呪印から救うため、アルフィードは自ら足を運び久遠の泉を発見し、そこでアルテミスと出会う。二人の関係はとても深く、彼女はこの世界を見守る聖導十二神王と呼ばれる者の一人であり、神の力、聖法を授ける者でもある。しかしその存在はアルフィード含む僅かしか知らされていない。
彼女の手で神の骨に存在する聖髄を移植後、黄金の林檎を食し不死となり、力の使い方を叩き込まれ、妹エミリーを呪いから救い出す。その後、エミリーはクラウディア王国女王の座につき、アルフィードは王国を守る守護者として千年も戦い続けた。この話はアルフィード及び神の骨の存在、不老不死の情報を消した状態で伝承として語り継がれている。
アルテミスは彼に力を与え、この時代まで支えてくれた最も信頼の置ける仲間である。信頼できる彼女から一枚の写真を手渡される。見るからに幼く見えるがその姿は千年前のエミリーとよく似ていた。
「この写真、これが真実ならオレは何処で見落とした! 何故気付かなかった!」
百年前の内乱後、八方塞がりに陥ったアルフィード。行き場を無くし且つ孤影悄然と俯いていた彼にアルテミスは一つの光を指し示す。
「それは全てアルフィード君が確かめるべきだよ」
「だけどどうやって? あいつらはいつ何処に現れるかも解っていないんだろ?」
情報通りであっても騎士団がエリーを連れて己の前に来ることなど到底ありえない。逆もまた然り。王宮に乗り込んだとしても居場所の特定が出来ない限りうかつな行動は無駄足となる。しかしアルテミスは入手困難な情報を入手している。
「今日、久遠の泉に向かうという知らせを手に入れたから――」
「なら今すぐ行くぞ!!」
唯一つの情報を頼りにアルフィードが決意するが、人間ならばはそう簡単に決断できることではない。よほどの信頼や繋がりがなければ行動に移ることは無い。それほどエリーという子が気になるのだろう。
「アルフィード君はディセコン(子孫コンプレックス)だね」
「何か言った?」
「何も♪」
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時を戻すこと午前十時。翠影に隠れていたのはアルフィードとアルテミスの二人。二人は騎士団よりも早く辿り着く事も容易だった。当然と言えば当然だ、アルフィード達はこの場を熟知している数少ない者達なのだ。
「エリーって子は、エミリーに似ている」
「最初に教えたのに信じていなかったんだね?」
信用していなかった容疑が浮上し、アルテミスが不満を見せ付けるも、
「オレはただ見たかっただけだ。決して信じていなかったわけじゃないぞ。と言うか何年付き合ってると思ってる!? 千年だぞ、ここに来てアルテミスを裏切るようなことオレがするはず無いだろ」
「うん、知ってるよ。だってアルフィード君はいつも自分で確かめるからね」
アルフィードの焦り顔にアルテミスは笑顔で言葉を交わす。その笑みは女神の如く神々しい。
「あとはエリーの素性だが、あの騎士邪魔だな。血が騒ぐ」
アルフィードにとってエリーが王族である確信が必要なのだ。そのため騎士団であろうと、偽りの王族であろうと邪魔であれば世界から消す覚悟を持つ。が、
「多分、奇襲を仕掛けても答えてはくれないよ。もう少し様子を見て決めれば大丈夫だよ」
「はぁ……実力行使で聞ければ楽なのにな。七面倒だけど仕方ない。アルテミスの言うとおり、様子見に徹するか」
それがいいと判断したアルフィードは少しの時間見守ることを即断したが不測の事態が起きてしまった。黄金の林檎を手に入れたエリーはシャルナと共に王宮へ向かうはずだったが、不意にも番人ドリュアスが現出したようだ。
普段ならばありえない現象。なぜなら久遠の泉は神の領域とされる。その領域にドリュアスが顕現するなど寿暦始まって以来の非常事態なのだ。
(こんな場所にまでドリュアスが来るのかよ)
(おそらく騎士団員は堕天の呪印が完成した者を連れてきたのかも)
アルテミスの答えは正しい。ここに現れる以上何者かが狙われている。それと同時に騎士団一行は剣を構えた。
「こんなところに番人が――誰だ!? 堕天の呪印を隠し持っていた奴は!」
シャルナの一声に騎士団はびくつく。番人ドリュアスは餌とする者に対して堕天の呪印を与え、黒く変色した時に生命を喰らいに現出する。クラウディア王国に伝承として残されている救世の存在は、王家及び六聖騎将と直属のみが誕生までの道程を知らされている。
騎士団一行は素早く臨戦態勢を整えた。
「さて、どうする、アルフィード君。このままだと何も知らない騎士団は全滅だよ」
「そうだけど、ここは実力の拝見としよう」
アルフィードの一言でアルテミスはしばし見届けることに専念する。同時に騎士団、番人ドリュアス、両者が仕掛けた。
騎士団一同はドリュアスを中心に円陣を取り、間隔をあけるとシャルナが指令をかける。
「騎士団員、全員武器をドリュアスに向けよ! そして見極めるため三歩下がれ!」
部下を後方へ下がらせるとドリュアスの行動に目を向ける。その振る舞いはドリュアスの餌を探し出すためだった。ドリュアスは後方で構える騎士セバスに目を向ける。
「番人の狙いはセバス、貴様か。ならば生きて会おう。全員撤退だ! 目的は果たした。急げ!」
その一言と同時に他の騎士団はエリーを連れて撤退する。肝心のセバスという男は捨て駒同然の扱いだが無理も無い。人間では勝率が乏しい相手だ。
セバスは自らの腕を見ると堕天の呪印を見つけ、自らの役目を全うせんとドリュアスに立ち向かう。
(昨日までは呪印すらなかった筈だがいつの間に……)
「俺もここまでか。だが番人ごときにこの命差し出すと思うなよ! 生還すればエルヴァス陛下の、新たなる救世の誕生を拝める! そして新たなる秩序のために――」
セバスは啖呵を切って飛び出した。その姿を黙視するアルフィードとアルテミスは騎士セバスの救出よりも、その後の行動について思考を回らせる。
「シャルナの行き先は方角から王都だろ。すぐ追いつくし問題ない」
「ならあの騎士はどうするの? なんの力も持たない人間が戦っても勝ち目ないよ」
「今の騎士団の実力がオレと対等かどうか、実力を見ておこうと思う。それに、腐っても騎士団員だ。過去と違って簡単にやられるほど弱くは無いだろ。それに、あいつに聞きたいこともあるからな。危機的状況に陥った場合、助けるさ」
(エリーについて知ってることを全て吐かせる。あと聖騎将シャルナの目的も気になる)
そうアルテミスに伝えるとアルフィードは静観に徹する姿勢を取り、セバスという男の行動を黙視した。その肝心のセバスは――
「番人と言ってもただの傀儡、胴体は粉微塵にしてお前の首を陛下に献上してやるよ!」
番人の背後に回り込み剣を振るう。番人は二度三度と斬りつけられるも大きく腕を振るい、背後にいる騎士セバスへ打撃を打ち込む。騎士セバスはドリュアスの動きを先読みし、バックステップで直撃を避けると再び背後へ回り、再度切りつける。
その動作は番人ドリュアス対策なのだろう。ヒットアンドアウェイは番人に対して有効な手段とも言えるがアルフィードの反応は曇りを見せていた。
「騎士一人の腕は昔よりは良くなってるけど、それだけじゃ勝てないな」
自慢げに一人語るアルフィード。だが彼の言うとおり、ドリュアスを相手に一人戦場で勝ち抜くことは不可能。番人ドリュアスの背中ばかりを切りつける騎士の動きが気になるようだ。おそらく奥の手でもあるのだろうと考える。
ドリュアスの背中に穴を開けた騎士セバスは最後のトドメと言わんばかりの物を取り出した。それは小さく丸い物体。
「これで最後だ! 番人と言えど唯の樹木。吹き飛んじまえ!!」
その一言と同時にドリュアスの背中に飛びつくセバス。背中にあけた僅かな空洞に丸い物体を押し込み、点火させる。
「爆弾か!」
アルフィードは一瞬驚き表情が一変したが、すぐさま冷静に戻る。
導火線を辿る火は着実に爆弾の元へと進んでいく。爆破に備え、騎士セバスは背中から離れると、十メートルほど間隔をあけ、同時に爆発。その威力は城壁程度なら破られるほどである。
「爆薬使って敵を粉砕。ドリュアス相手に申し分ある威力だな。これじゃあ逆効果だ」
アルフィードの予測は蓄積された経験の上で成せる事。孤軍奮闘、勝てば勲章ものだがセバスの実力は轅下の駒というに相応しい訳だ。しかしこの程度の力ではドリュアスにダメージは与えられない。
「やったか!」
勝ち誇った顔つきで焔を見つめる。爆炎と焦げ臭さが漂う洞窟で勝ち誇った表情を魅せる。勝利の美酒に酔いしれるセバスだが無理も無い。彼の持つ全力を出し切って勝利を掴んだつもりでいるのだから。
煙で視界に入らない番人ドリュアス。その姿を視認できたのは数秒後。
「な、なぜ無傷……というか、何故傷が無い!?」
騎士になって日が浅いのだろう、ドリュアスに対してセバスは無知だ。故に死神が首に鎌をかける姿でも想像したのだろう。逃げ出そうと敵に背を向けてしまった瞬間、ドリュアスは彼を鷲掴みにした。
「そろそろか。行くぞアルテミス」
「言われなくても」
二人はフードで顔を隠し、岩陰から姿を現す。
「足止めするね」
「頼む、オレはこいつに用があるから切り離すぞ」
アルフィードは王剣を片手で握りしめ、セバスを掴んだドリュアスの腕を両断し、弱った騎士セバスを連れて少し離れた木陰に身を隠す。
「た、助かった。礼を言う。わたしは王国騎士団のセバスだが――」
「無駄の多い話は無しだ。単刀直入に問う。お前らはエリーを使って何をしようとしている?」
御託を嫌うアルフィード。それに対しては理由がある。長話をしているほど余裕が無いらしく、王剣をセバスの喉元に突き立てる。
「…………わたしはなにも知らない。本当だ信じてくれ」
彼の言葉に虚偽が無いか、アルフィードの視線は彼の僅かな動作も記憶に入れる。
視聴した限りでは嘘か見分けはつかない。なぜなら嘘を嘘と思わせない術が存在するからだ。
(戦闘時の言葉遣いと今の態度はまるで別人。わたしは何も知らない。と言った。つまりこいつは言葉を使い分けている。俺は知ってるけれど、わたしは知らない。この可能性がある)
「とりあえず騎士団としてのあるまじき言葉遣い。貴様自信を恨むんだな」
王剣を握り締め、セバスの太ももに突き刺す。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
洞窟内にこだまするほどの悲鳴だが、生憎この場はアルフィード、アルテミス、セバス、ドリュアスしか居ない。これはセバスにとって幸運なのか、不運なのか、本性が露になる。
「貴様ぶっ殺すぞ! 四肢を切り落として、首を刎ねて、国王に献上してやる。喜べ!」
彼の罵声にアルフィードもあきれた表情を浮かべ、王剣で彼の片腕を切り落とす。
「!?」
「シャルナという六聖騎将とエリーの関係は何だ? 返答次第では首を刎ねる事になるぞ」
セバスは出血を止めるために余った片腕で傷口を塞ごうとしているがアルフィードは容赦なく胸元に刃先を添える。
「質問に答えろ、ゲス野郎。関係は何だ?」
セバスの口元はゆっくりと開き、そして答えた。
「あいつはシャルナ様の奴隷です」
奴隷という言葉がアルフィードの逆鱗に触れてしまい、残った腕を切り落とす。
「ひぎゃああああああああああああ――」
死を感じた騎士セバスはアルフィードへ向けて傷のない足で蹴り込むが、直前に片足を切り落とされる。
「最後の質問だ。シャルナはエリーをどうするつもりだ?」
「喋る。喋りますから命だけは――」
怒りによって目つきが変わり、流石のセバスも知ること全てを口に出すしかなくなっていた。
「すべてはエルヴァス陛下の命を受け、奴隷を使って神の力を引き出す実験をするつもりです。そして伝承が事実であれば、あいつが聖法を使えるようになるはずです。その力を手にしたら兵器の核としてドリュアスの殲滅、そして世界の統一を果たす礎になります。無論死ぬまで自由など与――」
アルフィードは最後まで聞く気が失せたのだろう。セバスの首を跳ね、シャルナの向かう王国へ剣を向ける。
「エリーがエミリーの残した希望なら守り抜く。六聖騎将もすべて潰して国を立て直す。違ったとしてもこんな国は滅ぶべきだ」
アルフィードの生きる意味を見出す戦いが始まろうとしていた。が、
「アルフィード君、ドリュアスも目標失って手が着けられないよ」
「そうだった。まずはドリュアスからだ」
アルテミスの一言で己の役目を思い出し、ドリュアスに戦いを挑む。
「時間が惜しい。一気に畳み掛けるぞ」
アルフィードは王剣アルカロンを握り締め、ドリュアスの腹部に向けて突き刺すと己の生命力がドリュアスの体内に吸い込まれていく。しかしアルフィードは聖法を扱える不死の存在。これを知る者はこの国でアルフィードを覗いて一人、アルテミスのみ。
「ゼーン・ズィナミ・ウシオディス・エルピス……ヘイス・カサリズマ! (生きる力、我が希望となれ……一掃!)」
黄金の林檎を種ごと食したアルフィードの肉体は、その果実と完全に融合を果たしている。
アルフィードの胸部には琥珀色に輝く果実の種が浮き出ており、その種がある限り生命力は無尽蔵に生み出され、不死であり続ける。生命力は人が持つ微弱な放射体であり、オーラとも呼ばれる。人であり続ける以上、生命力の増加はない。そして聖法とは生命力を用いり神の呼び声に呼応し具象化する術であり、アルテミスから学んだもの。
王剣アルカロンは最後のカサリズマの一言と共に琥珀色に輝く膨大な生命の光を放出し、ドリュアスに注ぎ込む。その結果ドリュアスは光の粒子となり天へ帰還した。そしてアルフィードの手によって殺された騎士の呪印は消えていく。
「生命力を用いる聖法の使い方はまだ覚えていたんだね。偉い偉い」
アルテミスがアルフィードの頭を優しく撫でるもアルフィードは眉を狭めて嫌を見せる。
「もうオレは子供じゃないんだから、いい加減に頭撫でないでくれよ」
ごめんと言わんばかりの笑みを浮かべたアルテミスはアルフィードに問う。
「決まった?」
「あぁ、目指すは王都クリムレスタ、そしてシャルナをぶっ倒して問い詰める」
決意を胸にした彼らは王都クリムレスタへ向かう。